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竜の胎教 (17)


                *

 作務衣の男女に見つからないよう注意を払いつつ、塀まで辿り着いたモネとサナ。
 サナは低い体勢のまま、塀の下のほう、石垣部分に人指し指を向けて、離れの床下から抜け出す際に通った穴と同じくらいの大きさの四角を、高圧の水で描いた。それから、その四角の内側に右肩をつけ、
「クッ! フッ! 」
と声を漏らし、顔を真っ赤にしながら、満身の力を込めて押す。
 離れの土台にも、こうやって穴を開けたんだ、と、見守るモネ。
 だが、今度は無理そうだ。離れの土台と塀の石垣部分とでは、厚みが違いすぎる。
 案の定、暫くしてサナは、石垣を押すのをやめ、ハアッと大きく息を吐きつつ、背中で石垣に寄り掛かって、
「やっぱ、ダメだ……」
 モネは、サナがこれだけ頑張っているのに自分は見てるだけ、というのでは申し訳なく感じ、肉体労働が向いてなさそうとは言え男性のサナでどうにもならないものが、女である自分の腕力でどうなるワケでもないと分かっていながら、サナの隣へ行き、両手で四角の内側を押す。
 やはり、ビクともしない。
 それを見ていたサナ、ちょっと笑って見せ、
「無理だよ、モネ」
モネに、さがっているように言い、石垣に向き直る。
「他に方法が無いわけじゃないんだ。ただ、加減が難しいし、危険だから、出来るだけやりたくなかったんだけど……」
 サナは、今度は石垣に直接触れず、10センチほどの距離から、四角内に両手のひらを向けた。 
 手のひら全体から、それは、もう既に水には見えない白い塊が現れた。塊の周囲に飛び散る飛沫が、辛うじて、その物体が液体であることを証明している。
 ガコッ。塊に押された四角の内側が、いっきにヘコみ、塀の向こうに、ふっ飛んで、石垣部分に穴が開いた。
(…スゴイ……! )
塀の向こうにふっ飛んだ四角が、塀の向こうの障害物の無い芝の斜面を勢いよく滑っていくのが、穴から見えた。
 やがて、ザザザザザザ。四角は斜面の下のほうに密集して植えられた背の低い木の茂みに突っ込み、茂みの木、数本を犠牲にして止まった。
 ああ、サナさんの言うとおり、確かに危険かも、と、モネは、サナがやるのを渋ったことを納得。もし、塀の向こう、茂みより手前に人がいたら、と……。
「行こう」
言って、サナは穴をくぐる。
 モネは頷き、続いた。

 芝の斜面を滑るように下り、
(っと! 危ないっ! )
茂みを、木に足を取られて転びそうになりながら抜けると、民家の裏手に出た。
 斜面と民家の間には、モネの身長ほどの段差があり、サナが先に飛び下りる。
 モネが飛び下りることを躊躇していると、サナは、モネに、一度、段の縁に腰を下ろすよう言い、その言葉に従ったモネを、両腕を伸ばし、モネの腋の下を支えて、意外と軽々、ヒョイッと下ろした。
 モネの心に、くすぐったい気分が復活。まずい、まずい、と、モネは慌てて首を横に振るい、そんな気分を振り払った。
 サナは不思議そうな表情でモネを見る。
 モネは、サナに、自分の浮ついた気分を見透かされたのではと、サナを窺った。…こんな浮ついた気分をサナが知ったら、気を悪くするに決まってるから……。
 上目遣いでサナを見つめ続けるモネの視線の先で、サナは突然、白衣を脱ぐ。
(? )
 今度はモネが不思議な表情になっていたか、答えてサナ、
「白衣は意外と目立つからね。それに、着ていない時と比べたら、やっぱり、着ていると動きにくいし」
脱いだ白衣を、段の上の茂みの根元に丸めて押し込む。
 モネの浮ついた気分には気づいてなさそうな、何事も無かったような、その様子に、モネは、ホッと胸を撫で下ろした。

                *

 モネとサナは、民家の庭を遠慮しながらコソコソ突っ切り、道路に出た。
 サナが、右手側からタイミング良くやって来た乗合車両を停め、乗り込もうとする。
 モネは焦って、
「サ、サナさんっ! 」
サナの腕を掴み、止めた。
 振り返ったサナは、
「大丈夫だよ。今は、まだね」
穏やかに笑んで見せ、一度、乗降口の前から退いて、モネの背に腕を回して、乗降口に向けて、軽く押した。
(サナさんが、そう言うなら……)
モネは、進まない気持ちで仕方なく車内へ。進まない気持ちなのは、ほぼ満席の乗合車両など、そんな大勢の人のいる、しかも、密室と言える逃げ場の無い場所に、逃亡中の身で入って大丈夫なのか、捕まったりしないのか、と心配したためだ。
 サナは1つだけ空席を見つけてモネを座らせ、自分は、そのすぐ横の通路に立つ。
 モネは、目だけで周りを盗み見ながら、小さくなって座っていたが、運転手も他の乗客達も、モネを気にしていない様子だった。考えてみれば、城で働く人たちでさえ、事情を知らされていないようだったのだ。多分、乗合車両内の人々は、まだ、カイがモネを捜しているという事実さえ知らない。サナの言うとおり、今はまだ、大丈夫だった。
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