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闇姫表紙(タイトルあり)
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闇姫魔鬼 (1)


              * 1 *


 林間学校のキャンプファイヤーを連想させるメロディ。もの寂しい、でも、どこか温かい……。まるで、今日も1日お疲れ様、と、人を労わり包み込むような……。
 それは、明陽大学付属日高学園(めいようだいがくふぞく ひだかがくえん)高等部1年2組の教室内のスピーカーから、今、流れている、完全下校の6時を知らせる校内放送のBGM。
「この曲、何て名前だっけ? 」
と、18日後に迫った文化祭のクラス展示の準備として、富士山の起源について書かれた本の文章を途中まで書き写した、タタミ1畳分ほどの大きさのあるパネルを手にした、小篠萌花(こしの もえか)。授業の邪魔にならない隣の空き教室にパネルを運ぶべく、同じく制作途中のクラスの展示物を持った十数名のクラスメイトたちで混雑する教室後部出入口を通る順番待ちをしながら、一緒にパネルを運ぶ初等部5年生の時から現在までの連続6年間クラスメイト・田中花梨(たなか かりん)に聞いてみた。
 その答えは、田中も小篠自身も知っているはずだった。キャンプファイヤーを連想させる、も何も、実際に、初等部の林間学校のキャンプファイヤーの際に皆で歌った歌なのだ。歌ったことは憶えているが、曲名が、どうも思い出せない。……高等部に上がった、その日から、ずっと抱き続け、未だ解決していない問題。
「…何だっけ……? 」
 田中にも分からないらしい。
「それより小篠サン、急がないと、ヨウくんが待ってるんじゃない? パネルは私1人でも運べるから、行っていいよ。昨日も、結構待たせちゃったでしょ? 」
 皆だって本当は出来るだけ早く帰りたいと思っているはずなのに自分だけ先に帰るなんて申し訳ない、と躊躇う小篠。
 田中が、いいから、と、パネルを自分のほうへ優しく引っぱり、小篠から取り上げて、
「ね? 行って? 」
笑顔で背を押す。
 小篠は自分だけ先に帰ることについて申し訳なさを感じると同時に、田中のせっかくの気遣いを無視するような形になってしまうのも申し訳ないことだと感じたことと、素直に、早く帰りたい気持ちもあって、有難く帰らせてもらうことにした。
 他の皆にも、お先に失礼します、と言ってから帰ろうかとも思ったが、かなりの混雑状態の出入口付近。やはり先に帰るのは気が引けることから、そっと抜け出せば気付かれない、気付かれないのであればそのほうが良いと考え、田中にだけ、
「ありがとう」
小声で言って、カバンを持ち、前部出入口から、小篠はコソコソと教室を出た。


闇姫魔鬼 (2)

 高等部校舎を出、小篠は、
(また、遅くなっちゃった……! )
すっかり暗くなった、丘ひとつを占有した広い学園敷地内の小道を、初等部校舎に隣接する初等部低学年専用の遊具のある広場・「なかよしひろば」へと急ぐ。
  11月の夕方6時過ぎの外の空気は、ずっと暖房の効いた屋内にいた者にとっては、いい感じに冷たい。だが、ずっと外で待たされていた者にとっては……?  
  今日と同じく遅くなってしまった昨日、少し大きめの制服に身を包んだ初等部1年生の弟・葉(よう)が、他に誰もいない広場で、1人、つまらなそうな顔をしながら、広場の用途を考えれば本来必要の無い外灯に照らされ、広場の入口左手側のブランコで、覚えたての立ち漕ぎをしていた姿が目に浮かんだ。それから、その後つないだ手の冷たさも……。
  普段も部活でそれなりに遅いのだが、完全下校の放送が流れる頃には、片付けも着替えも終え、葉と合流している。こんなに遅くなったのは、葉の入学以来、昨日と今日くらいだ。

 小篠は息を切らしながら、広場入口に到着。中を覗いた。が、そこにいるはずの葉の姿は無かった。
(……? )
小篠は、ゆっくりと広場の中に歩を進めながら、
「ヨウくん……? 」
辺りを見回す。
 広場の中は、シンと静まり返っていた。まさか、と、あってはならない考えが、小篠の頭を過ぎる。
 このところ、小篠の住む市内では、物騒な事件がたて続けに起こっている。身近には無いが、テレビのニュースなどでは、小さな子供を狙った犯罪なども、よく聞く。しかし、学園は、市内から孤立するような形で在り、関係者以外は、そうそう近づかない。その上、生徒・児童がいる時間帯には、小篠姉弟が登下校時に通る正門をはじめとする全ての門に警備員が常駐しているため、絶対に大丈夫だと思っていた。と、言うより、そんな危険……学園内で、何か、犯罪に巻き込まれる危険など、大丈夫かどうかなど、考えてみたことも無かった。…1人にさせては、いけなかったのかも知れない……。
(どうしよう……! )
小篠は泣きそうになりながら、
「ヨウくんっ! 」
葉の名を呼ぶ。
  その時、
「わっ! 」
  小篠の背後で大声。
  反射的に振り返る小篠。
  見れば、ブランコのすぐ隣のベンチの背もたれの向こう、頭悪そうな感じで、「わっ! 」の形に口を開いたままの、顔をいっぱいに使った葉の笑顔。
「ネエネが くるのが みえたから、おどかそうと おもって、かくれてたんだー」
言いながら、葉は、ベンチの後ろから出、楽しげに、小篠に駆け寄ってきた。
「びっくりした? 」
  小篠はホッとして、いっきに力が抜け、もー……、と言いながら、地面に座り込んでしまった。
涙が、パタパタと落ちる。
(でも良かった、何ともなくて……)
  涙に雑じって、なぜか、笑いが込み上げてきた。

闇姫魔鬼 (3)

                *


 正門をくぐる際、脇にある警備員室の警備員に、小篠は会釈し、葉は無邪気に手を振る。
 警備員が笑顔で手を振り返してくれるのを待ってから、葉は、満足げに頷いて、先に門を出て待っている小篠のもとへ。
 門を出ると、葉は、自然に小篠の空いている右手に手を伸ばし、握る。
 つないだ手を揺らし、丘を下りながら、葉、突然、少し沈んだ声になって、
「ネエネ、カリンちゃん は? 」
「カリンちゃん? って、ネエネのお友達の、田中花梨ちゃん? 」
 頷いた葉は、元気が無い。
「花梨ちゃんが、どうかしたの? 」
「あのね、きょうも こなかったんだー」
聞けば、葉は放課後、なかよしひろばで小篠を待っている間、よく、帰宅部である田中に遊んでもらっていたらしい。だが、ここ数日、広場に姿を見せず、寂しかったのだと言う。
 今は、文化祭の準備期間。小篠がさっきまでしていたクラスの展示発表の準備は、部活の発表のある文化部を除いたクラス全員でしている。当然、普段は帰りの早い帰宅部も、完全下校の6時まで教室に残っている。広場には、来れない。実際、昨日も一昨日も田中は準備に参加していたし、今日だって、ついさっきまで、小篠と一緒にいた。
 小篠、葉に分かり易いよう言葉を選び、
「もうすぐ、ネエネの学校、お祭りがあるの。花梨ちゃん、そのお祭りの仕度をしてるんだよ。だから、広場に遊びに来れないの」
「そっかあ……」
寂しそうな葉。
 小篠はちょっと可哀想になり、意識して優しい口調で、
「お祭りには、ヨウくんも、ネエネと一緒に行こうね。花梨ちゃんにも会えるよ」
「うんっ! 」
葉は、目をキラキラさせて返事。
 すっかり元気を取り戻した葉に、つないだ手を痛いくらいに大きく揺らされて歩きながら、小篠は、
(全然知らなかった……)
葉と遊んでくれたことについて、今度、田中にキチンと礼を言っておかなければ、と思った。



 正門から続く丘の私道を下りきると、大きな道路にT字で突き当たる。そこを、自宅方向へ。直線500メートルほど歩くとある商店街の店は、皆、昼間の活気を僅かに残しつつ、一様に店頭の明かりを落として、閉店準備を始めていた。
 その商店街を通り抜けて少し行った住宅街の一角にあるコンビニに立ち寄り、小篠たち姉弟は夕食を選ぶ。
(ハンバーグ弁当……エビフライ弁当……)
小篠は、色々な弁当が並ぶ冷蔵のケースの前で頭を悩ます。焼肉弁当は昨日食べた。カレーは一昨日。カツ丼、天丼、中華丼、チャーハン、ピラフ、スパゲティ、ヒレカツ弁当に幕の内弁当……どれも最近、食べたばかりの気がする。毎日、コンビニ弁当。完全に厭きていながらも、特に悩まず パッと決められる日のほうが多いのだが、時々、とても嫌になり、何を食べていいか分からなくなる。しかし、自炊は、母から火を使うことを禁止されているため出来ない。それ以前に、家庭科の授業の調理実習で、大抵、皿洗いくらいしかしない小篠。料理など、ほとんど作れない。
 小篠の隣で、
「ボク、これに しよー! 」
嬉しそうとも楽しそうとも取れるニコニコ顔、明るい調子で言って、葉が、おにぎり弁当を手に取る。
 小篠は驚き、思わず、
「また? 」
それは、おにぎり2個と唐揚3個とタクアン2切れのセット。葉は、昨日も一昨日も、その前も、それを食べていたはずだ。それどころか、土・日も先週中も、ずっとそれだったような……。
 小篠の問いに、葉は、
「だって、すきだもん」
ニコニコのまま返した。
 今日は給食も唐揚だった。…厭きないのだろうか……? 
(いいけど……)
小篠は、葉からおにぎり弁当を受け取り、自分も、さんざん悩んだ末に、やっと、あまり夕食に食べたい物ではないが、ハムとタマゴとトマトのサンドイッチを選び、レジを済ませた。
 小篠が学校のカバンを持っている左手にコンビニの袋も持ち、右手を空けると、葉が当然の顔をして右手を握ってくる。

  

闇姫魔鬼 (4)

                  *
 

 自宅へは、学園方向から見てコンビニ手前の道路を入って真っ直ぐ行くのが一番近いのだが、このところ市内で立て続けに起こっている物騒な事件に、夕方帰宅する姉弟の身を案じた母の、
「出来るだけ人通りの多い道を帰りなさい」
との言いつけを守って、葉と手をつないだ小篠は遠回り。
 葉連れでは本当に遠い、その道のりを、やっとの思いで辿り着き、開けた玄関のドアの向こうは、真っ暗。
 暗闇が怖い葉は玄関の外で待ち、小篠が先に入って靴を脱ぎ、玄関の明かりをつける。
瞬間、イイイイイ……と、静寂の音が聞こえ始めた。
小篠の家は、共働き家庭。両親の帰りは、母が大体、夜10時過ぎ、父は深夜だ。
 誰もいなかった家は、明かりをつけてから鳴り始めたばかりの静寂の音を、葉が足を踏み入れた途端、ピタッと止める。
 小篠、靴を脱いでいる葉に、
「ヨウくん、先にお部屋に行って、着替えと宿題ね」
声を掛ける。 
  葉は、まだ、すべきことを自分から進んで出来ない。放っておくと、いつまででもダラダラと遊んでしまう。そのため、葉に何かをさせたい時には、いちいち声を掛け、背中を押してあげなければならない。
 はーい、と、素直に返事をし、葉は、自分の通り道の明かりを全てつけながら、階段を上った先、2階左奥の自分の部屋へ。
 小篠は、夕食が入ったコンビニの袋をリビングのテーブルに置いてから、2階の左手前の自分の部屋で着替え、葉の部屋へ。
 葉は既に着替え終え、机に向かって学校の宿題をしていた。
 帰宅したら、制服を汚さないよう、すぐに着替え。次に葉の宿題、というのが、母が決めた日課の順序だ。
 小篠は、床に脱ぎ散らかされた葉の制服の上着とズボンを拾い、ハンガーに掛けてから、葉の手元を覗く。
  今日は、算数のプリント。たった今、始めたところらしい。まだ1問目だ。
 傍から見守る小篠。途中、葉の間違いに気付き、あ、と小さく声を上げては、なーに? と聞かれ、教えるのは1通り終わってからとの考えから、あ、何でもない、何でもない、続けて続けて、と返すパターンの繰り返し。
  葉は、どうやら問題文を読むのが苦手らしい。計算問題で、「やりかた(答えを導き出すまでの経緯)も かきましょう」と書いてあるのに、書いていない。答えは合っている。プリントに描かれている「えを みて」、その絵に合った文章問題を自分で作る問題では、絵を完全に無視。だが、そこに書かれている数字に合った問題は作れている。
  今日のプリントだけではない。いつも、そんな間違い方だ。問題をきちんと読み取る力をつけることが必要。1問1問、一緒に問題を読み、一緒に解きながら、という教え方は向かない気がしたのだ。
 葉が最後の問題を終えるのを待ち、小篠は、葉に、(いつも言うことだが)問題をよく読むようアドバイスし、計算問題の「やりかたも かきましょう」と、問題文を作る問題の「えを みて」の部分にアンダーラインを引いてみせる。
「あ、そうかー」
 言ってから、真剣な表情で、額を机にくっつきそうなくらい近づけて鉛筆を動かす葉。
 無事、プリントを終え、次は国語の音読の宿題。ここ数日間は、短い詩を読んでいる。
  葉は暗記してしまっているらしく、一応、教科書を開いてはいるが、目で文字を追っている様子は無い。
  音読を済ませた葉から、小篠は、音読カードなるハガキ大のカードを渡され、その保護者欄にサインをする。
  それで宿題は終了。
 次の日課は、時間割表を指さし確認しながら、葉の明日の学校の仕度。
  教科書とノート、その他の持ち物も全てランドセルの中に揃え、制服のポケットの中のハンカチを洗濯済みのものに換え、制服の下に着るポロシャツと靴下も、洗濯したものをベッドの枕元に用意して、完了。
「さ、ごはん ごはん」
楽しげな独り言を言いつつ部屋を出て行く葉の後ろに、小篠は、葉が脱いだポロシャツと靴下と使用済みハンカチ、それから今日使った体育着を手に続き、自分の部屋に寄って、自分の脱いだ制服のワイシャツと靴下、使用済みハンカチを持って、階段を下りる。
 小篠が、手にしていた洗濯物を洗面所の洗濯機に放り込んでからリビングに行くと、葉が、ソファに座ってテレビのバラエティ番組を観ながら、おにぎり弁当のフタを開けるのに悪戦苦闘していた。
 小篠は、ちょっと笑ってしまいながら開けてやり、自分も葉の隣に腰を下ろしてサンドイッチを食べる。
 食べ終えると、小篠は、洗面所奥の浴室へ。
  浴室の壁と壁に渡したサオに干してある洗濯物を、洗濯物干し用ハンガーごと、洗面所内の棚に引っ掛ける形で移動させてから、フタの閉まった浴槽の中を覗く。
  午後8時に湯が溜まるよう設定してあるとおり溜まっていることを確認。葉のバスタオルとパジャマと下着を用意して、リビングの葉に風呂に入るよう声を掛けに行く。
  テレビに見入ってしまってなかなか入ろうとしない葉を、何とか風呂へと追いやり、葉の入浴中に、リビングのテーブルの上の夕食のゴミを片付け、自分のバスタオルやパジャマを用意。
  葉と入れ替わりに入浴。
 風呂から出、小篠は、またテレビの前に座っている葉に、もう歯を磨いて寝るように言う。
 テレビに対して少し未練がある様子ながら素直に返事をした葉が、歯を磨き、トイレを済ませ、階段を上って自分の部屋に入っていくのを見届けてから、小篠は1度、フウーッと、長く息を吐いた。
  ここまでで、母から頼まれた葉関連の日課は終了。

プロフィール

獅兜舞桂

Author:獅兜舞桂
獅兜座(しっとざ と読みます)座長・獅兜舞桂(しっとまいけー)です。
よろしくお願いします。
以前は恵子ミユキの名で活動しておりました。

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