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スーパーファイブ表紙最新(タイトルあり)

画像素材として、
キャラクターなんとか機様にてキャラクターを作成させていただきました。
ニコニ・コモンズ様より、
クロイリク様、さっちゃん様、Rin様の作品をお借りいたしました。
ありがとうございました!
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DPL戦闘班スーパーファイブ~ピンクの憂鬱~ (1)


               * 1 *



 ドーンッ!
 建物全体が横に大きく揺れた。
(地震っ? )
 皮膚科「四愛医院」の待合室。 壁と向き合うかたちで置かれた長椅子に腰掛けたまま、読んでいた雑誌から顔を上げ、辺りを見回したのは、三室桃佳、高校2年生。通り道だからと母から頼まれて、学校帰りに、バイト先のスーパーマーケット「ヤオシゲ 壱町田支店」へ向かう途中、弟のアトピーの薬を貰うため立ち寄っていた。
 他の患者たちも、三室と同様、キョロキョロ。
 受付兼会計の女性が、
「皆さん、落ち着いてください! 」
受付カウンターから待合室に飛び出して来、その場にいる誰よりも落ち着き無く大きな声を出す。
 直後、三室が座っている椅子の真正面の壁が大きく崩れて穴が開き、冷房の効いた待合室に、7月の午後4時過ぎのムッとした空気が流れ込んできた。
(……! )
三室は、その崩れた壁の外側に佇んでいるモノを目にし、固まった。
 ウシだ。優に体高3メートルはある、巨大な黒いウシ。
 ウシは、三室を真っ直ぐ静かに見据えている。
 院内は騒然となった。
 しかし三室は、ウシの迫力に声も出ない。 ウシと見つめ合ってしまうこと数秒の後、ウシが地面を蹴り、三室に向かって突進してきた。
 逃げなければ危ないことくらい分かっているが、体が動かない……。三室は、恐怖からギュッと目を瞑る。 瞬間、体がフワッと宙に浮く感覚。驚いたが、痛みなどは感じない。 
(……? )
そっと目を開けて見ると、フルフェイスの赤いマスクが見えた。
体には、おそらく、マスクと同色のボディラインにピッタリフィットした服を纏っているであろうこの人物を、三室は以前、この人物と、その仲間を取り上げた、地元テレビ局の番組で見たことがあった。ここ数年、三室の住む地域一帯の住民の生活、そして生命をも脅かしている「超地球生物」と呼ばれる謎の生物と戦う正義の戦士「スーパーファイブ」。 今、目の前に見えている、この人物は、5人いるスーパーファイブのメンバーのうちの1人、「スーパーレッド」だ。
 三室は、レッドの逞しい腕に、お姫様抱っこされていたのだった。
 レッドは、三室を抱いた状態で横っ飛び。
 ほぼ同時、ドカッという衝撃音。
 音の方向を見た三室は、ゾッ。三室が座っていた椅子の背もたれをツノで突き刺したウシが、刺さったまま取れなくなってしまったらしい椅子を振り払おうとしているところだった。…もし自分がそのままそこに座っていたらと思うと……。
 三室が助けてもらった礼を言おうとした、その時、ウシが椅子を振り払い、体の向きを変えて、再び三室を見据えた。
 ウシは、後足をガッガッと踏み鳴らす。
 三室は恐怖のあまり視線はウシに釘付けになったまま レッドの首にかきつき、レッドのほうも三室を抱く手に力を入れる。
 そこへ、崩れた壁の大きな穴から小さな何かが飛んで来、ウシに刺さった。
 ウシは一度、悲鳴に似た高い声を上げ、暫くの間、もがくように、その場で前足と後足で交互に床を蹴って激しく当たりを震動させ、暴れていたが、やがて、ドサッと床に崩れ、動かなくなった。
 それを待っていたかのように、レッドと色違いのコスチュームに身を包んだ、スーパーファイブのブルー・グリーン・イエローが壁の大穴から駆け込んで来、ウシを囲んで跪く。
 そして、確認するようにウシに触れ、イエロー、
「麻酔が効いたみたいね」
呟いてから、バッと顔を上げてレッドを見、
「あんたは赤いんだから、ウシの目の前をチョロチョロしたらダメじゃないのっ! 」
怒鳴りつけた。
「すみません……」
レッドは素直に謝る。
 その声に、
(あれっ……? )
同時にドキッ。三室は聞き覚えがあった。
 レッドは三室を床に下ろし、
「もう大丈夫だよ。怪我が無くてよかった」
(やっぱり、この声は……)
似ていると言うより、全く同じ声。優しい喋り方まで同じだ。ウシへの恐怖とは全く無関係にドキドキしながら、三室は、しっかり抱いてくれていた感触を、自分を抱きしめるようにして確かめる。
(でも、まさかね……)
三室は、すぐさま自分の考えを否定してからレッドを仰いだ。
「助けてくれて、ありがとうございました」
 レッドは軽く頷く。 
 マスクで表情など分からないはずなのだが、三室には、レッドが優しく微笑んでくれたように思えた。一度は否定したが、本当に、雰囲気まで、よく似ている。
 レッドは仲間のところへ戻り、4人で力を合わせてウシを持ち上げた。
(すごい力……)
三室は、初めて目の当たりにするスーパーファイブの腕力に驚きながら、4人が壁の大穴からウシを外へ運び出し、医院の隣の空地に停めてあった、長さ・幅・高さ、何処をとっても、よく見る4トン保冷車の倍以上の大きさの超大型トラックの荷台に載せる様を、大穴から眺める。
「三室さーん」
受付で呼ばれ、三室がカウンターまで行くと、受付兼会計の女性は、薬の入った白い紙袋を差し出し、
「お待たせしました。2100円になります」
事務的に言ってから、からかうような口調で、
「怪我しなくてよかったわね。しても、治療は出来るけどね。皮膚科だけど」
 三室は反応に困って曖昧に笑いながら2100円を払い、薬を受け取って四愛医院を出た。


                *


 バイト先のヤオシゲへは、四愛医院から愛用の自転車で20分弱。
 到着後、自転車は1階裏側の従業員用駐輪場に停める。
 ヤオシゲは、建物が少し変わった構造になっており、一般の道路に面したメインとなる店舗入口は2階、売場も2階にあり、1階部分に、お客様駐車場と車で来店されたお客様用の入口、テナント2軒の他、車で来店されたお客様用入口と向かい合う位置に、「関係者以外立ち入り禁止」の張り紙が貼られたドア。その奥には、店長室、事務室、更衣室、休憩室などがある。
 三室は、従業員用駐輪場から店内を通らず直接出入り出来る、関係者以外立ち入り禁止のドアとは別にある、立入禁止区域につながる出入口を入り、更衣室のロッカーに荷物を置いて、学校の制服の上からヤオシゲの店名入りエプロンをし、タイムカードを押してから階段を上って2階のバックヤードへ。青果部の作業場の前を通り過ぎ、角を曲がると、三室が所属するセルフ部の日配商品以外の商品の入ったダンボールが壁際にビッシリと積まれた、セルフ部の作業場代わりの薄暗い通路。そこで少女向け漫画雑誌と雑誌の付録を1冊分ずつ丁寧に しかし手早くビニール紐で纏めている、セルフ部の26歳のサブチーフ、桃沢里絵を見つけ、
「桃沢さん、こんにちは」
その横顔に声を掛けた。
 桃沢は仕事の手を休め、後ろでスッキリと1つにまとめたウエストまでの長さの艶やかなストレートの黒髪を微かに揺らし、ゆっくりと三室に向き直る。
「こんにちは。…良かった、会えて……」
どこか寂しげな、疲れたような笑顔。
(……? )
いつもは朗らかな桃沢の元気の無い様子に、心配になる三室。
 桃沢は続ける。
「私ね、今日で会社を辞めることになったの」
(……! )
「さっきモモちゃん、途中で病院に寄るから遅れるかもしれないって連絡くれたでしょ? 私、今日は定時の5時で上がるから、会えないかもって思ってたの」
 三室はショックだった。 三室がヤオシゲでバイトを始めて半年。まだ何も分からなかった頃に親切丁寧に仕事を教えてくれたのは桃沢だった。すっかり仕事に慣れてからも、学校の事などで落ち込んでいる時など、桃沢は、いつでも優しく相談にのってくれた。弟と2人兄弟の三室は、桃沢さんみたいな お姉ちゃんがいたらいいのに、と、いつも思っていた。その桃沢が、いなくなる。ショックと寂しさ、しかも、あまりにも突然に。
 三室は言いたいことが心の中で溢れかえり、混乱して逆に言葉を失い、俯いた。俯いたまま、
「どうして、ですか? 」
やっと、それだけ言う。
 桃沢は言葉に詰まり、少しして困ったように、申し訳なさそうに、
「ごめんね、それは言えないの」
 桃沢は大人だ。人に言えない事情もあるのだろうということくらい、三室も頭では理解できる。 しかし、三室のほうは桃沢に、自分のことを色々話してきた。それなのに、桃沢は話してくれない。……寂しかった。
「そんな顔しないで」
桃沢は三室の顔を覗きこむ。
「全然会えなくなるわけじゃないんだし。……また、いつでも電話して? ね? 」
 そんな顔、のまま三室が頷くと、桃沢は時計を見、また、寂しげな疲れたような笑顔。
「もう時間だから、私、上がるね。雑誌の続き、お願い出来る? 」
 三室の、はい、という返事を受け取って、桃沢は、お先に、と、去って行った。 
 三室は、桃沢が階段の方向へと曲がったために見えなくなるまで見送って、溜息をひとつ。それから、桃沢の残した雑誌の作業の続きに取り掛かる。 


                 *


 雑誌の作業があと1冊分で終わるというところで、
「モモちゃん」  
後ろから声が掛かり、三室は、ドキッとしながら振り返った。
 振り返る前から、自分の後ろにいるのが誰なのか、三室には分かっていた。……入社2年目の精肉部社員、赤木廉太郎。 声だけで分かる理由は、胸のドキドキが正直に説明している。ヤオシゲでバイトを始めた、その日に、ひと目見た瞬間、それほど背の低いほうでないはずの自分が見上げてしまうほどの長身と、精悍な顔立ち、仕事中の真剣な姿に心惹かれ、初めて話しかけられた時には、外見から想像のつかないソフトな口調に驚き、感動すらした。赤木が傍を通る度、話しかけられる度、半年経った今でも緊張する。さっき、四愛医院で巨大なウシから助けてくれたスーパーファイブのレッドの声は、赤木にそっくりだった。だから、あんなにドキドキした。
「な、何ですか? 」
三室はドキドキを必死に抑え、赤木の顔を仰いで次の言葉を待つ。
「大切な話があるんだけど、ちょっと一緒に来てくれる? 」
 ドッキーンッ! 一瞬、三室は心臓が体の外に飛び出してしまったかと思った。つい、その、大切な話、の内容に期待してしまう。抑えきれない鼓動が痛い。
「あっあの……」
頭の中も、もうメチャクチャだ。どうしていいのか分からず、下を向く。 
 頭上から、
「キリのいいところまで終わってからでいいよ」
赤木の優しい声。
 三室は、
「は、はい」
赤木が見守る中、緊張に震える手で1冊分だけ残っていた作業を再開、何とか終え、
「終わりました」
「じゃ、行こうか」
先に立って歩く赤木の後ろを、
(何だろう、話って……)
三室は、胸の高鳴りと緊張による震えは、そのままに、俯き加減でついて行く。

DPL戦闘班スーパーファイブ~ピンクの憂鬱~ (2)


               *


(どこまで行く気だろ……? )
赤木の後ろをついて歩く三室のドキドキは、だいぶ治まってきていた。歩いている距離が予想外に長いためだ。大切な話が他人に聞かれたくない内容だというのなら、従業員用の駐輪場まで行けば充分なはずだ。だが、駐輪場への出入口は、とっくに過ぎた。商品を納めに来たトラックが乗り付けてカゴテナーを上げ下ろしするための広めのスペースも通り過ぎ、そのスペースと事務室の窓口に挟まれた従業員用出入口、事務室のドア、休憩室前、更衣室前も通り過ぎて、店長室の前で、やっと、赤木は足を止める。
(どうして、店長室……? )
怪訝な表情になる三室の前で、赤木は店長室のドアをコンコン。
「失礼します」
言って、ドアを開け、入って行く。
 三室も、ワケが分からないまま、
「失礼します」
続いた。
 奥の机で書類に目を通していた50代の店長が顔を上げ、眼鏡の奥の小さな目でニッコリ笑う。
「ああ、ご苦労様」
 三室はガックリした。自分に話があったのは赤木ではなく店長で、赤木に頼んで連れてこさせたのだと理解したのだ。
 だが赤木は、ご苦労様、と言った店長に歩きながら会釈し、店長の机の真横に位置するドアを開け、
「モモちゃん、こっち」
三室を呼んだ。
(? ? ? )
三室は、本当にもう、何が何だか分からず、赤木に倣って店長に会釈してから、赤木から言われるまま、赤木が開けて待ってくれているドアをくぐる。

 ドアの先は薄暗く、ドアの幅程度の狭い階段が下へと続いていた。
 ドアを入った三室が、すぐの所で待っていると、赤木も入ってドアを閉め、三室の脇をすり抜けて再び先に立ち、階段を下りて行く。
 この店に地下があるなど、三室は知らなかった。
 バックヤードの1階と2階を結ぶ階段と同じくらいの距離を下りたところで、階段はほぼ180度折れ曲がり、そこを中間地点に、まだ階段が続く。 その終点に、売場ほどの明るい光が見えた。
 階段を下りきって出た、その明るい場所は、下りてきた階段の幅の3倍の幅の廊下。左右に分かれ、いくつものドアがある。
 赤木は右に曲がり、廊下を奥へ奥へ。
 三室は、キョロキョロしながら、ついて行く。
 白い床に白い壁。ドアは金属製だろうか、銀白色だ。明るく、小さなゴミひとつ落ちていない、シミひとつない清潔な廊下。大きな病院の廊下に似た、冷たい感じがする。廊下には、三室と赤木以外誰もおらず、いくつも並ぶドアの向こうからも、人の気配が感じられない。三室と赤木の靴音だけが廊下に響く。
 一体、どこへ連れてかれるんだろう。……三室の胸にドキドキが復活。しかしそれは、さっきのものとは全く異質のものだった。
 と、その時、背後で足音。立ち止まり、振り返って見ると、白衣姿の男性がドアから出てきたところだった。男性は足早に、出てきたドアのすぐ隣のドアに入る。他にも人がいたのだと、少し安心する三室。
「モモちゃん」
赤木に呼ばれて向き直ると、赤木は、もう、だいぶ離れた所、突き当たりの、他のドアの倍の大きさのあるドアの前に立っていた。
 三室が追いつくのを待って、赤木は、左肘を曲げて胸の前に持っていき、ドアの、向かって右脇の壁にはめ込まれた黒い長方形のガラスのようなものに、腕時計の文字盤を向けた。文字盤を覆うカバーもベルトも赤く、何故か小さなアンテナのようなものがついている、個性的な時計。ドアがピッと鳴り、ウィンと音をたてて自動的に左右に開く。
「三室桃佳さんを連れてきました」
言いながら、赤木は開いたドアの中へ1歩入り、三室を振り返った。
「入って」

 言われるまま三室が入ると、後ろで勝手にドアが閉まる。
「連れてきました」など、話があったのは赤木ではなかったことは決定的だが、三室はガッカリしなかった。店長室で店長の「ご苦労様」を聞いたあたりで、既に話の内容への期待が薄れていたことも理由のひとつ。だが、それ以上に、たった今通されたばかりの、テレビの特撮ヒーローものに出てくる秘密基地のように壁一面を正面の大型モニターを始めとする沢山の機械で埋め尽くされた部屋。部屋に入って正面のドッシリとした机の向こうで、やはりドッシリと椅子に座っている50代半ばくらいで鉄兜のようなヘアスタイルをした見知らぬ中年女性の静かな迫力。圧倒されて、ガッカリする余裕も無かったのだ。
 救いは、机の左右に分かれ三室のほうを向いて立つ、見慣れた男女 左側に立つのは、30歳の鮮魚部チーフで、年甲斐の無い明るい茶髪・赤木よりも高い超長身が特徴の青島欣二と、45歳にして既に8割白髪の青果部補填で、三室のほぼ2・5倍と恰幅のいい杉森忠。右側に立つのは、年齢不詳(推定20代後半から30代前半)、ヘアスタイルもメイクも巷の流行を取り入れ過ぎくらい取り入れているレジチーフ、黄瀬川素子。赤木が三室から離れ、黄瀬川の隣に並んだ。
 見知らぬ中年女性が立ち上がり、
「ようこそ、『DPL司令室』へ」
言って、貫禄の感じられる笑みを浮かべ、三室に右手を差し出す。
 黄瀬川が、
「DPL司令室長の横山さんよ」
補足したが、
(? ? ? )
三室には不十分だった。
DPL司令室長とは? ヤオシゲが、「DPLカンパニー」という会社のスーパーマーケット部門の店名であるということは、三室も知っている。「DPL」は、バイトの面接の時に店長から聞いたところによれば、「生活を守る役目」という意味の英語の略で、DPLカンパニーは、人々の生活を守るという観点から様々な事業に取り組んでいる、地元屈指の大企業だそうだ。
 社名プラス最後に「長」がつくのだから、
(会社のエライ人、かな? )
などと考えながら、三室は机の手前まで歩み寄り、
(でも、エライ人がバイトに何の用だろ? )
疑問を残したまま、差し出された手を握り返した。
 横山は一度、しっかりと三室の手を握りしめてから手を放し、
「三室桃佳さん」
静かに口を開く。
「あなたを、DPL戦闘班、通称・スーパーファイブの、ピンクに任命します」
「は? 」
当然、言葉の意味は理解出来た。四愛医院で今日、三室を救ってくれた、正義の戦士たちの仲間に加わり、共に戦えと言っているのだ。だが、何故、このヤオシゲの建物の中で、会社関係者がスーパーファイブのメンバーを任命するのだろう。それも、普通の高校生の自分を……。第一、今日、四愛医院では見かけなかったが、スーパーファイブには既にピンクが存在しているはずだ。以前見た、スーパーファイブを取り上げた地元テレビの番組に出ていたのだから、間違いない。三室は、話の展開についていけない。
 横山は、三室の「は? 」に対し、特に何の感情も込めず、もう一度、全く同じ言葉を繰り返してから、
「これまでも同じヤオシゲの従業員として共に働いていたのですから、紹介するまでもないとは思いますが、レッドの赤木廉太郎。通称、レン。ブルーの青島欣二。通称、キン。グリーンの杉森忠。通称、スギ。イエローの黄瀬川素子。通称、モト」
ひとりひとりの名前を呼び上げ、呼び上げられた名前の主は1歩前へ出ては戻る。
「あなたは三室桃佳ですから、『モモ』でいいですね? 」
 これは夢だと、三室は思った。初めてスーパーファイブの実物を目にしただけでなく、自分が助けられるなど滅多に出来ない体験をしたものだから、しかも、レッドの声が赤木に似ているなどと思ったものだから、こんな夢を見ているのだ、と。テレビでも取り上げられるような有名な正義のヒーローたちの正体が、実はこんなに身近な人たちだったのに今まで気づかなかったなど、ありえない、と。
 夢に違いないの何のと、自分の頭の中だけで何となくぼんやりと思うだけで何の反応も示さない三室を、横山は全く意に介さず、椅子に腰を下ろしてから、机の引出しから赤木が身に着けている物と色違いのお揃い、ピンク色の時計を取り出して一旦机の上に置き、机の上を滑らせるようにして三室のほうに差し出した。
「これは『スーパーブレス』です。戦闘時のユニフォームである『スーパースーツ』を着用する際に使用します。スーパースーツは優れた強度であなたの身を守り、また、あなたの腕力や跳躍力、走力をはじめとする様々な能力を何倍にも引き出し、戦闘に役立てます。戦闘の際の基本的な動作等はスーパースーツが教えてくれますから、戦闘の経験が無くても心配要りません。他の機能としては、私や他のスーパーファイブのメンバーとの通信、DPL司令室をはじめとする、このDPL基地内の主要施設へ入室する際の鍵などの機能があります。普段も時計として使用していただいて結構ですよ」
そこまでで横山は、今度は何やら数枚の紙をホチキスで止めただけの薄い冊子を取り出し、やはり机の上を滑らせて三室に差し出してから、椅子の背もたれに寄りかかるかたちに深く腰掛け直し、両の肘掛に肘をついて手の10本の指を腹の上で組む。
「細かいことは全てこれに書かれているので後で目を通しておいていただくとして、今は簡単に説明させていただきます。まず、賃金についてですが、現在の時給とは別に、スーパーファイブとしての1回の出動につき3000円の手当を……」
 三室はそれまで、一方的な横山の説明を、あまりの展開に呆然と流してしまっていたが、ハッと我に返って、
「あ、あのっ! 」
止めた。
「あたし、まだ、やるって言ってないんですけど……」
 横山は首を横に振り、淡々とした口調で、
「あなたの意思は聞いていません。この先 スーパーピンクとして働いていただくことを大前提に、ここに呼びました。スーパーファイブに関する規則の1つに、『スーパーファイブ関連部署を脱退する際、同時にDPLカンパニーを退職するものとする』というものがあります。その目的は、秘密を守るためです。あなたも、スーパーファイブの存在は知っていても、その正体は、今、知ったばかりのはずです。DPLカンパニーが母体であるということも……。全て秘密なのです、社外にも、社内にも。社外に口外しないことはもちろんですが、黙っていても、社内には秘密が洩れやすいものですからね。ですから、元・関係者には辞めていただき、秘密を知る人数を最少限に抑えているのです。先代のピンクにも、規則に従い、今日付けで辞めていただきました」
そして最後に身を乗り出し、拳にした両手を机について、挑むような視線を三室に向ける。
「繰り返すようですが、秘密を守ることが目的ですから、この司令室に足を踏み入れた以上、スーパーファイブの正体を知ってしまった以上、辞令を受けられないというのなら、あなたにも、辞めていただくほかありません」
 三室は、とりあえず返事を保留したまま説明の続きをしてもらえるよう頼み、いいでしょう、と頷いた横山による、賃金の説明の続き、万が一の時の保障についての説明、重要な規則など、一通り聞いた上で考えた。 ……高校生であり、親と一緒に暮らしている自分が、正体を隠して24時間 365日、いつでも出動するというのは、かなり厳しい気がする。しかも、万が一の時のための保障があり、優れた強度のスーパースーツを身に着けるにせよ、相手にするのは、四愛医院に現れた巨大なウシのような恐い生き物なのだと思うと、1回の出動につき3000円の手当というのは微妙な金額に思えた。ただ、赤木と行動を共に出来るのは魅力だ。何より、三室が通う学校はバイトをするのに許可が必要であり、ヤオシゲを辞めて他のバイトを始めるにあたり許可を取り直すのは面倒。その上、学校の先輩から聞いた噂では、あまりバイトをコロコロと替えていると、就職先を探す時に学校の推薦が取りづらくなるらしい。……それならば、と、
「やります。やらせて下さい」
とりあえずやってみればいい、と、結論を出したのだ。やってみて、無理だったら辞めればいい、と。同じ辞めるなら、1日でも遅いほうがいい、と。
 三室の言葉に、横山は満足げな笑みを浮かべる。
「よろしくお願いしますね」
「はい」
 ごく普通に返事をした三室に、斜め前から黄瀬川が、
「背筋を伸ばして! もっと大きな声で! 」
 三室は、まるで号令のような、その声に圧されて背筋を伸ばし、
「はいっ! 」
大きな声で、もう1度、返事をし直した。
 その時、ビービービービー、と、けたたましい音が鳴り、正面の大型モニターの上のランプが赤く点滅。
 黄瀬川がモニターに駆け寄り、モニター下のキーボードを操作してから横山を振り返って、
「『声明文』が届きました! 」
そして再び、キーボードに向かう。
 数秒後、モニターの大画面に文章が映し出された。
 三室、
「…『現地球人類の都合により誕生したにもかかわらず、何故、悪者扱いされねばならぬのか、非常に疑問である』……? 」
ブツブツと声に出して読み上げ、首を傾げる。
(何? これ……)
 黄瀬川はキーボードに向かい続け、赤木、青島も、それぞれ別の小さなモニター画面に向かいキーボーードを叩き始めた。
 杉森は三室に歩み寄って来、三室の疑問に答える。
「あの文章はね、声明文、っていって、僕たちが戦っている相手である『新地球人類』って名乗る人物が送ってくるんだよ。まあ、そうは言っても、直接戦う相手は、今、世間を騒がせている超地球生物で、新地球人類の正体は、人物、なんて1人みたいに言っちゃったけど、何人もいる集団なのかも知れないし、その人数さえ、僕たちも知らないんだけどね。ちなみに、声明文にも書かれてた、現地球人類、っていうのは、僕たちスーパーファイブも含めた、地球で普通に暮らしている人たちのことだよ。新地球人類が声明文を送ってきた後、必ず何処かに超地球生物が現れるんだ」
 杉森の説明に耳を傾けながら、三室は、真剣な表情で機械を操作する3人を見た。
 杉森、三室の、その無言の問いにも、 
「超地球生物の出現場所を特定してるんだよ」
答えてから、少し肩を竦めて見せ、
「僕は、ああいう新しい感じの機械は苦手だから……」
 ややして赤木、
「出現場所確認! 『三島駅』構内! 」
 横山は立ち上がり、三室・赤木・青島・杉森・黄瀬川をグルリと見回す。
「スーパーファイブ! 」
 赤木・青島・杉森・黄瀬川は、一斉に横山に注目。踵を打ち鳴らして姿勢を正し、
「出動! 」
横山の切れのいい言葉に声を揃え、
「はいっ! 」
 その様をポカンと眺めている三室。
 赤木・青島・黄瀬川は駆け出し、司令室を出て行く。
 杉森は、一旦、出入口に向かって1歩踏み出したが、足を止め、体の向きを変えて横山の机まで歩き、机の上のピンクのブレスを手にとって三室に手渡した。
「モモちゃんも」
 三室、
「……はい」
ブレスを受け取り、他のスーパーファイブのメンバーたちに倣って左手首にブレスをつけ、杉森に導かれて司令室を出る。

DPL戦闘班スーパーファイブ~ピンクの憂鬱~ (3)


                *


 先に司令室を出た3人の背中を追って、杉森と共に清潔で静かな廊下を走り、三室が行き着いたのは、店長室から地下へ下りた階段を中間地点に司令室とは反対側の突き当たり。司令室のドアと全く同じつくりのドアを杉森がブレスで開け、その先の細い階段を下りていく。
 三室が、杉森のすぐ後ろに従って下りていくと、そこは、少なくとも一般的な野球場ほどの広さがあると思われる、広い駐車場だった。四愛医院で見た超大型トラック。その超大型トラックと微妙に色が違うだけで全く同型に見える超大型トラックがもう1台。それから、先の2台とほぼ同じ大きさの貨物ワゴン車が1台、ドアのほうを向いて停められている。
 三室のブレスが震動した。
 杉森、
「ブレスに向かって『通話』って言って」
 三室が教えられたとおりにすると、ブレスから、
「モモちゃんは、こっちだよ」
青島の軽いノリの声。
 辺りを見回す三室。と、四愛医院で見たほうのトラックの運転席で青島が手招いているのを見つけた。
 杉森、三室に通信の切り方を教えてから、三室の肩をポンッと軽く叩き、
「じゃあ、また後で」
もう1台のトラックの運転席に乗り込んだ。その助手席には赤木、ワゴン車の運転席には黄瀬川が、それぞれ座っている。
 三室、青島の助手席に乗り込み、
「何か、スゴイ車ですね」
座席に腰掛けると、自動的にシートベルトが締まった。
 三室は驚いて声を上げる。
 そんな三室に、青島、
「カッコイイ車だら? 」
言って、ニヤッと笑い、
「オレとモモちゃんが乗ってる、この車は、『スーパーマシン・ゼロツー』。荷台の3分の2は、研究用に捕獲した超地球生物を運ぶためのスペースで、残り3分の1は、麻酔銃とか、通常携帯しない道具を仕舞ってあるんだよ」
軽い口調で説明し終えてから、青島は前を向き、真面目な顔でハンドルの中央部分にブレスをかざした。
「スーパーマシン・ゼロツー、発進! 」
 その掛け声の直後、ゼロツーは車体の下の床ごと真横にスライド。車体の長さ分ほどバックした後、今度は真下の床ごと回れ右。
 目の前の大きなシャッターが、ゆっくりと開いていく。
 完全に開いたシャッターから、先ず、杉森運転のトラックが駐車場を出て行き、次にゼロツー、その後ろに黄瀬川運転のワゴン車が続いた。
 シャッターの向こうは、超大型のマシンが楽々通れる地下トンネル。
(すごい! )
三室は、すっかり感心する。
 青島、
「すげーら? 」
自分の手柄であるかのように得意げに、
「ここはスーパーマシン専用道路で、DPL基地を中心地点に半径30キロメートルの地点まで網の目みたいに広がってるんだ。まだ掘り進めてる最中だから、まだまだ広がってくよ。地表に点在してる地上に出るための専用扉があって、超地球生物の出現場所に一番近い扉まで、この道路を使って移動するんだ」
(へえ……? )
扉が地表に点在していると言うが、三室は今までに一度も その、扉らしき物を目にしたことが無い。そう青島に言うと、
「専用扉は全部、DPLカンパニーの私有地内にあるんだ。関係者以外は立入禁止だよ」
(…そうなんだ……)
三室は納得。
 青島は、あとの2台の超大型車についても、やはり得意げに説明してくれた。それによれば、杉森運転のトラックは「スーパーマシン・ゼロワン」といって、火炎放射・放水等の特殊機能を持ち、黄瀬川運転のワゴン車の名前は「スーパーマシン・ゼロスリー」。荷台に黒い大きな金属の塊を2つ積んでいるらしいが、その使い道については、青島、やたら勿体つけ、ウインクしながらオネエサン口調で冗談めかして曰く、
「使う時が来るまでのお楽しみっ」
だそうだ。


                *


 青島による説明が続く中、ゼロツーは専用道路を進み、やがて、最初に停まっていた駐車場の広さには遠く及ばないが、かなり広めのスペースが、目の前に開けた。
 青島、
「専用扉用の駐車スペースだよ。真上が専用扉」
言って、ゼロツーをそのまま駐車スペースの中央に進め、停める。
 左側にはゼロワンが停まっていた。ゼロツーが突然、ガクンと揺れ、車体の下の床ごと真右へスライドして、中央を空ける。空いた中央へ、ゼロスリーが入って来、停まった。
 シートベルトが自動的に解除されて三室は自由になり、青島と共にゼロツーから降りる。
 赤木・杉森・黄瀬川も、それぞれのスーパーマシンから降りてきた。
 そして、三室以外のメンバーは、それぞれ自分のブレスに向かって、
「戦闘装備」
と言って、どういう仕組みでそうなっているのかは全く分からないが、瞬時に、戦闘時のユニフォーム、スーパースーツという名称らしい、以前から三室も知るスーパーファイブのコスチュームを装着し、駐車スペースの隣の階段を駆け上って行く。
 三室も見よう見まねで、
「戦闘装備」
ブレスに言い、4人の後を追って階段を駆け足で上った。
 階段を上りきった所にある重たそうな金属製のドアを開け、4人は次々と出て行く。
 三室も少し後れてドアを開け、続こうとするが、ドアを開けた瞬間、ドアのすぐ手前の紺色タイルの壁が鏡の役割をしていることに気づき、つい足を止めた。
 そこには、紛れもないスーパーピンクの姿。三室は腕を上げたり下ろしたり、横を向いてみたり後ろを向いてみたりして、それが自分であると確かめずにいられなかった。
(あたしだ……)
 そこへ、
「モモ、何してるのっ? 早くなさいっ! 」
黄瀬川の怒声。
 三室は慌てて、薄暗くなってきているドアの外へと駆け出、こちらを見てあからさまにイライラして待っている黄瀬川に追いつく。少し先で、赤木・青島・杉森も待っていた。
 三室、
「すみませんっ! 」
「まったく! トロトロしてるんじゃないわよっ! 」
黄瀬川は、言うだけ言って、腹立たしげに大きな鼻息を残し、三室に背を向けて走って行く。
 杉森が三室の傍まで戻り、慰めるようにポンポンッと三室の肩を叩いた。
「行こう」

DPL戦闘班スーパーファイブ~ピンクの憂鬱~ (4)


 専用扉からは北口のほうが近く、走って1分ほど。
 三室たちが駅前に到着すると、大勢の一般の人々が、構内から走って出て来るところだった。
 人々の体には、高さ60センチ程で鮮やかな緑色の葉と茎を持ち、枝に同じく緑色のサヤを持つ、枝豆のような植物が巻きついている。 
 (何、あれ……? )
三室は眉を寄せる。
 杉森、
「枝豆だね。命名、『超地球ダイズ』」
 人々は、ダイズを自分の体から外そうとしてか、手や足、体全体を大きく振るっているが、全く外れる様子がない。そうこうしているうちに、新たに構内から次々と、動物のように根の部分を足代わりに動かしてダイズが現れ、這いずりまわって人々を追い回し、更に取り付く。 逃げ惑う人々。 中には、体中、10数体ものダイズに取り付かれ、身動き出来ない人も。
 大変なパニック状態。
 黄瀬川、ブレスに向かって「拡声」と言ってから、そのままブレスに向かい、
「皆様、スーパーファイブです。ただいま到着いたしました。落ち着いて指示に従ってください」
 ブレスが拡声器の役割を果たし、黄瀬川の声が辺りに響き渡る。しかし、その声に反応して落ち着く人など皆無。状況は何も変わらない。
 黄瀬川は溜息をつきながら首を横に振る。
「ダメね。誰も聞いちゃいないわ」
それから、少し辺りを見回し、斜め後方にいたピアノ教室の物らしい手提カバンを持った7・8歳くらいの女児に取り付いたダイズに手を伸ばし、引き剥がそうと力を入れる。が、ビクともしない。次に、腰のベルトに装備していたダガーを抜き、女児を傷つけないよう注意深く、ダイズに突き刺した。 ダイズは薄茶色に変色し、バサッと地面に落ちる。
 黄瀬川は、三室・赤木・青島・杉森を振り返り、
「案外 簡単ね。この方法で……」
 そこまで言ったところで、
「モトさんっ! 」
赤木、黄瀬川の言葉を遮って、変色したダイズが落ちた、女児の足下を指さした。
「あ、あれ……」
 その指の指す先では、変色したダイズのサヤが次々と割れ、中から豆がこぼれ落ちているところだった。それから数秒も待たず、その1つ1つからムクムクと新しい個体が発生。
 息を呑むスーパーファイブ一同。
 新しい個体のうち1体が、黄瀬川に跳びかかる。
 黄瀬川は咄嗟にダガーで一刀両断。
 斬られたダイズは変色して地面に墜落。サヤから豆。そして、やはり、1つ1つの豆が新しい個体に。
 青島、
「斬っても増えるだけか……」
呟く。
 黄瀬川は俯き加減で自分の顎を指でつまみ、何か考えている様子で上の空気味に、
「…そうね……」
相槌をうち、ややして、何かを思いついたらしく、突然ハッと顔を上げ、青島を見た。
「キンさん、火炎放射器は積んでる? ダイズは植物だから、多分、火に弱いわ。 一旦、ダイズをダガーで斬って人から剥がして、新しく発生した個体がまた人に取り付く前に焼き払いましょう」
 青島、困ったように頭を掻き、申し訳なさそうな声で、
「悪い。この間、整備班のヤツに、調整するから貸せって言われて、そのまま預けっぱなしだ。うっかりしてたよ。ホント悪い……」
「そう……」
 再び考え込む黄瀬川に、杉森、
「大掛かりになるけど、ゼロワンのほうの火炎放射は? 」
 返して黄瀬川、
「的は、どのくらいまで絞れます? 」
「半径50センチだね」
 黄瀬川は小さく息を吐き、
「仕方ないわね、それでいきましょう。スギさん、お願いします」
「了解」
杉森は短く答えてからブレスに向かい、
「スーパーマシン・ゼロワン、召致! 」
 直後、地面が微かに震え、専用扉の方向に、地下の駐車スペースに停めてあったはずのゼロワンが姿を現す。三室の位置からは、初め、その上部だけが見えていたが、すぐ次の瞬間、
(……! )
ゼロワン全体が見えた。
(宙に浮いたっ? )
そう見えたのは三室の錯覚。実際には、車体とタイヤが離れ、その間を細く長い金属製の脚で支えられていたのだった。そして、脚を駆使して、器用にビルや民家を避け、幅の狭い生活道路を通って、見事、駅前に到着。駐車出来るだけのスペースを見つけて少し移動し、脚を仕舞った。
(すごい、すごい! )
三室はゼロワンに釘付けになる。
 杉森、ゼロワンに駆け寄り、乗り込んだ。
「火炎放射準備」
と、杉森の声。ゼロワンの荷台上部から、ウィンと音を立てて大きな筒が出てきた。
 青島、
「さあ、オレらは片っ端からダイズを引っぺがしていくか」
 黄瀬川が頷き、ブレスに向かって「通信、スギ」と言ってから、
「スギさん、引き剥がしたダイズが地面に落ちたら、すぐにお願いします」
 ブレスから、返して杉森、
「了解」
 黄瀬川は、三室・赤木・青島を見回す。
「始めましょう」
 三室・赤木・青島が頷くのを確認したように軽く頷いてから、黄瀬川、丁度 目の前を横切った駅職員の中年男性に取り付いたダイズに、ダガーを突き立てる。
 ダイズが変色して地面に落ちた。
 ゼロワン上の大きな筒が回転し、落ちたダイズに照準が合わされる。
 黄瀬川が男性を抱えて、その場から飛び退いた。
 同時、火炎放射がダイズを焼く。黄瀬川の予想通り、ダイズは火に弱かったらしく、その後、燃えた個体は風に吹かれて飛び散り、新しい個体が発生することはなかった。
 黄瀬川、男性に、自分たちが現在、手を打っている最中だが、予期せぬ事態が起こる可能性もあるため出来るだけ早く駅から離れるように、と言い、次のダイズに取り掛かった。
 赤木・青島も、黄瀬川と同じ要領で次々とこなしていく。
 三室も同じようにやろうとし、慣れない手つきで腰のダガーを引き抜いて、OL風の若い女性に取り付いたダイズに斬りつけたところまでは良かったが、変色したダイズが地面に落ちた直後、自分のほうへ向かってきた炎に恐怖を感じ、動けなくなってしまった。
 瞬間、三室と炎の間に黄瀬川が割り込み、三室を突き飛ばしてさがらせ、女性を腕の中に庇って跳んで、地面に転がる。
 ダイズが燃える臭いと入り混じり、ゴムを焼いた時のような臭いが鼻をついた。黄瀬川のブーツの踵部分が僅かに焦げている。
 黄瀬川は身を起こし、自分が立ち上がってから、女性が立ち上がるのに手を貸した。
「大丈夫ですか? ここは、まだ危険です。出来るだけ早く離れてください」
 黄瀬川の言葉に頷いた女性が、その場を去るのを待ち、黄瀬川は、
「ちょっと! 」
三室に向き直る。
 三室は、ちょっと、と言われただけで、ビクッ。
 黄瀬川、三室に人指し指を突きつけながら、噛みつきそうな勢いで続ける。
「ボサッとしてるんじゃないわよ! 一般の人にまで怪我させるところだったのよっ! 分かってんのっ? 」
「す、すみませんっ! 」
迫力に圧され深々と頭を下げて悲鳴に近い声で謝る三室に、黄瀬川は大きく息を吐き、
「もう、だいぶ数も少なくなってきたし、モモは、ここはいいわ。構内と南口の外の様子を見てきてちょうだい。構内に一般の人がいたら、安全に外へ誘導すること。もしダイズに取り付かれていても、引き剥がさなくていいわ。そのままここに連れて来て。それ以外に何か変わったことがあったら、勝手な行動はしないで、必ず指示を仰ぐこと。いいわね? 」
「は、はい! 」
三室の返事に頷き、黄瀬川、赤木に目をやる。
「レンも、モモと行って。ここは私とキンさんで充分だから」
「はい! 」
赤木、返事をして駅構内へ向かいざま、三室に声を掛ける。
「行こうか」
 三室、赤木の後について構内へ。

DPL戦闘班スーパーファイブ~ピンクの憂鬱~ (5)



 構内は静まり返っていた。三室と赤木は、その静かな構内を、ダイズがいないか確認しつつ通り抜け、南口側の構外に出る。バスの停留所や私鉄の駅もあり、道路を挟んで向かい側には飲食店が軒を連ねる南口側は、多くの人で混み合い賑やかだが、その状態が南口側の通常の姿。ダイズは見当たらず、特に問題無さそうだった。
 構内を北口へと戻りながら、もう1度念のため、倉庫やトイレ、ホームの隅々まで確認して歩いたが、誰も見当たらず、他の異状も特に見られない。
「誰もいないみたいですね」
三室の言葉に赤木は頷き、ブレスを口許に持っていき、
「通信、モト」
黄瀬川に、南口構外は特に問題無く、構内も誰もおらず、他の異状も認められない旨を伝えた。
 赤木のブレスから黄瀬川の声。
「そう、ご苦労様。こっちも今、片付いたとこよ。戻って来て」
 と、その時、カササッと背後に微かな物音を聞いて三室は振り返り、
(っ! )
息を呑む。
「…レンさん……」
声が、声になりきらない。思わず、赤木の腕をギュッと掴む。
 三室の視線の先、2人の背後3メートルほど向こう、たった今、通ってきたばかりの通路には、いつの間に何処から集まって来たのか、床を埋め尽くす無数のダイズ。2人の様子を窺っては、といった感じで、時折、カササッと音をたてて、少しずつ少しずつ、にじり寄って来ている。
「どうしたの? 」
言いながら三室の視線を追った赤木も、一瞬、固まった。それから、
「走れっ! 」
叫びざま、三室の二の腕をグイッと掴んで走り出す。
 三室は赤木に引きずられるように、半分、宙を舞うような状態で、後ろを気にしながら走った。
 無数のダイズは、ザワザワと音をたてて2人を追ってくる。速い。今にも追いつかれそうだ。
「どうかしたの? 」
通信中のままだった赤木のブレスから、黄瀬川の声。
 返して赤木、
「無数のダイズを発見して、今、追われています」
「分かったわ。そのまま、こっちへ向かって。外に出たところで一気に焼き払うわ」
 黄瀬川の指示に返事をしてから赤木は通信を切り、三室を見る。
「聞いてた? 」
「はい」
 目指す出口は目の前。赤木、
「外に出たら、すぐ、出来るだけ高くジャンプして」
「はい」
 出口を出、赤木に言われたとおり、三室は、すぐにジャンプ。隣で一緒にジャンプした赤木には僅差で負けたが、三室は、自分自身の跳躍力に驚いた。地面から5メートル以上。駅の屋根の高さを優に超えている。
 三室は屋根の上に着地して下を覗いた。 
 赤木も三室の隣に着地する。
 ゼロワンから放射された炎がダイズを焼き払った。
 2回、3回と繰り返される火炎放射が収まるのを待ち、三室と赤木は地面に下りる。
 青島・黄瀬川が三室・赤木に歩み寄って来た。
 黄瀬川、
「ダイズ、これで全部かしら? 」
 赤木が、分からない、と答えると、黄瀬川は、ブレスの通信で、
「スギさん、スギさんは、このまま、そこで待機してて下さい。私たち4人で、もう1度構内を確認してきます。ダイズを発見したら、その都度、何とかここまで連れ出しますから、また、お願いします」
「了解」
 ブレスからの杉森の返事を待ち、黄瀬川は、三室・赤木・青島を順々に見、
「行くわよ。ダイズを発見したら、ここまで連れ出して。スギさんに焼き払ってもらうわ」
そして、構内へ向かって走る。
 三室・赤木・青島も続いた。

DPL戦闘班スーパーファイブ~ピンクの憂鬱~ (6)


                *


 結局、ダイズが新たに発見されることはなく、三室と赤木を追いかけて外に出てゼロワンの火炎放射で焼かれたダイズで全部だったと判断したスーパーファイブの5人は、それぞれのマシンに乗り込み、基地へと帰路についた。
 ゼロツーの助手席に深く腰掛けた戦闘装備を解除した姿の三室は、目を伏せ、溜息。
(失敗しちゃったな……)
作戦中は、とにかく作戦に必死で考えずにいられたが、作戦を終え、帰るためマシンの座席に座って落ち着いたりすると、どうしても、さっきの、一般の人に怪我をさせそうになり黄瀬川のブーツを焦がすことになった失敗が、何度も何度も頭の中で繰り返され、落ち込んだ。
(あたし、向いてないのかも……)
大体、何故自分なんかがスーパーファイブのメンバーに選ばれたのか疑問に思う。全員がヤオシゲ壱町田支店の従業員だから、その中から、というのなら、もっと他に、運動神経の良さそうな人や機転の利く人が大勢いるのに、と。
「キンさん、スーパーファイブのメンバーって、どうやって選ばれるんですか? 」
三室は俯いたまま、口を開く。
「どうして、あたしなんかが……? 」
 同じく 既に戦闘装備を解いた姿の青島、
「ひょっとして、モトちゃんのブーツを焦がしたことで、落ち込んでる? 」   
運転席から、チラリとだけ三室を見、三室が頷くと、気遣うように優しく、青島にしては珍しく軽さの無い口振りで続けた。
「気にすることないよ。初出動なんだから、あのくらいの失敗は仕方ないし、それに、ブーツなんて、もともと消耗品だから、申請すれば、すぐに交換してもらるしね」
「…はい……」
 力無く頷いた三室を元気づけようとしたのか、青島は、口調にいつもの軽さを呼び戻し、
「どうやってメンバーを選ぶか聞きたかったんだっけ? 」
 先に自分が振ってあった話題なのだが、切り出しかたが唐突すぎて、
「…え? あ、はい……」
三室は軽く驚き顔を上げ、ポカンとしてしまいながら返事。
 青島はイタズラっぽく笑って、じゃあ ヒントをあげよう、と前置きし、
「メンバー全員の名前を思い浮かべてごらん? 例を挙げれば、オレはスーパー『ブルー』で、『青』島欣二」
ブルーと青を強調して言う。
(…まさか……)
三室は青島に言われたとおり、全員の名前を思い浮かべた。 見事に当てはまる。…ただ1人を除いては……。
「でも、スギさんは? 」
 三室の問いに、青島は事も無げに、
「『杉』って聞いて連想する色は? 」
 「…緑……? 」
 「じゃあ、『森』は? 」
 「緑? 」
 「ほら、ピッタリ」
言って、大袈裟に胸を張って見せる。
 三室は本気にしていいものかどうか悩んだ。確かに、完全に当てはまっているが、地域の平和を守る大事な役目を担う人間を、そんな理由で選ぶだろうか、と。
 そう青島に言うと、青島、
「だって、『スーパーファイブ』自体、駄洒落でつけた名前だら? 」
(? )
意味が分からず、三室はキョトン。
 それに応えて青島、
「スーパーマーケットで働いている5人だから、スーパーファイブ」
(そうだったのっ? )
三室も、ファイブは人数が5人だから「ファイブ」なのだろうと思っていたが、スーパーが、まさか「スーパーマーケット」からとった「スーパー」だとは思わなかったのだ。
 青島の話に妙な説得力を感じ、いつの間にか信じきって、素直に驚く三室。
 青島、その三室の反応に、クックと笑いを漏らし、
「じゃ、ないか、って、オレが勝手に思ってるだけだけどね」
(……! からかわれたっ? )
「もうっ! ヒドイじゃないですか! 信じちゃいましたよっ! 」
三室が怒ると、青島は肩を揺すり、腹を抱えて、ますます大笑い。
 そうこうしているうちに、マシンは基地に到着。

 基地に到着後、司令室に戻ったスーパーファイブの5人を、
「ごくろうさま」
横山が、自分の席に深く座った状態で、貫禄たっぷりに出迎えた。
 直後、
(……!? )
横山の机の正面から、その真向かいに立っていた三室に向かって、突然何かが飛び出して来、三室は、ひどく驚いた。
 飛び出して来たモノの正体は、板。板は三室にぶつかる寸前で止まり、先端から床に向かって2本の脚を伸ばして、テーブルになった。
(び、びっくりした……)
ドキドキの治まらない胸を押さえながら、三室は、他のメンバーに倣い、室内隅に立て掛けてあった折りたたみ椅子を1つ持って、飛び出して来たばかりのテーブルの傍へ。杉森が無言で、ここへどうぞ、と示してくれた黄瀬川の隣に椅子を置き、座る。
 全員が座ったところで、ミーティング開始。
 横山から再度、ごくろうさまでした、との、ごく短い挨拶の後、黄瀬川による横山へ向けた報告。
「今回の敵は、超地球ダイズ。出現場所は三島駅構内ということでしたが、私たちが到着した時には、一般の方々に取り付き、また、取り付いていない個体も一般の方々を追って構外に出てきていました。斬ると増える特性を有していたためと、植物は火に弱いとの判断から火炎放射を使用し、焼却しました。捕獲は出来ませんでした」
 それから、今後に生かすため、各自、簡単に反省を述べる。
 赤木は、1度目に構内を確認に入った際、ダイズのほうから姿を現してくれるまで、その存在に気づかなかったこと、青島は、火炎放射器を整備に出したまま積み忘れていたことについて、それぞれ反省。杉森は、ゼロワンの火炎放射の精度に関する要望。黄瀬川は、ダイズを捕獲してこれなかったが、後から冷静に考えれば方法はあったとの反省。そして、
「それから、もう1点」
三室がボーっとしすぎていて困ると、厳しい口調で付け加えた。
 帰りのゼロツーの車内で青島に励まされ元気を取り戻していた三室だったが、
(…ああ……)
再び落ち込み、たまたま次が自分の発言の順番だったため、
「すみませんでした」
とだけ言い、
(あたし、やっぱ ダメかも……)
以降、ミーティング終了まで無言で過ごして、終了後、早々に司令室を出た。


                 *


 店長室につながる階段を半分ほど上ったところで、
(? )
三室はエプロンに違和感を覚え、手のひらでポン、ポン、ポン、と何度か押さえてみて確かめた。
「あ」
妙にヒラヒラすると思ったら、ポケットに手帳が入っていない。きっと、どこかに落としたのだ。その手帳には、頭で憶えきれない、仕事をする上で重要なことが色々とメモしてある。無くては仕事にならない。
 まず司令室を見てみよう、と、三室は、上ってきたばかりの階段を下り、司令室の前へ。 ドアを開けるため、ドア右脇の長方形のガラスにブレスを向けようとした。
 その時、
「まったく、何なのかしらね。あの子の、あの態度! 」
ドアの中から、黄瀬川の実に不愉快そうな声。
(あたしのこと……? )
三室はドアを開けるのをやめ、ドキドキしながら、そっと聞き耳をたてる。
「すみませんでした、なんて、口先だけよね、きっと。ムッツリ黙り込んじゃって、感じ悪いったらないわ。ミーティングが終わったなら終わったで、一言も無く出てくし」
 やはり自分のことだと知り、三室はショックだった。
(ムッツリ黙りこんでた、って……)
三室は、ちゃんと謝った。謝って済まない状況に発展しかねなかったことも分かっているが、だからこそ、余計に落ち込んだ。無言だったのは、そのためだ。反省の言葉も、すみませんでした、に尽きる。他に何と言えばよかったのか分からない。言っても、きっと、言い訳にしか聞こえないのに……。
「モトちゃんは同じ女の子同士で、そんな態度になる気持ちも分かるんじゃないのかい? 」
青島の、からかうような面白がっているような声が聞こえる。三室は、それもショック。駅からの帰りにゼロツー車内で励ましてくれたのは口先だけだったのか、と。
 青島のからかい口調に返して、黄瀬川、
「冗談。全く分からないわよ。女同士でも、ひと回りも歳が離れたら宇宙人と同じだわ」
 しかし、最もショックだったのは、
「確かに、あの態度は良くないですよね」
との赤木の一言。赤木にまで悪い印象を持たれてしまったと知り、悲しくなった。
 三室、ドアにコツンと頭をつけ、俯く。目に涙が湧いてきた。
(やっぱ、向いてないよ……。…辞めちゃおうかな……)
 そこへ後ろから、
「どうしたの? 」
杉森の声。 
 三室、涙を急いで拭って振り返り、
「手帳を無くしちゃって……。ここにあるかもって思って見に来たんですけど、あたしの話をしてるみたいだから入りづらくて……」
 杉森は、三室をじっと見つめ、ややして、労わるように、
「僕が見てきてあげるよ。どんな手帳? 」
「赤い革の手帳です。黒ずんでボロボロになってますけど」
 杉森は頷き、
「ここで待ってて」
言って、ドアを開けて司令室へ入って行った。
 ドアが閉まるとほぼ同時、中から黄瀬川の声。
「あ、スギさん。スギさんは、どう思います? さっきのモモの態度」
 今は杉森を待っているだけで、正直、これ以上傷つくようなことは聞きたくないと思っている三室だが、やはり、自然と耳から入ってくる。 
「どうって? 」
「失敗をちょっと指摘されただけでムッツリ黙り込んで、全然反省の色が見られないって、今、話してたトコなんです」
相変わらず不機嫌そうな黄瀬川の声。
 杉森の、 
「本当に 皆、そんなふうに思ってるの? 僕は、そうは感じなかったなあ……。失敗にどうしようもなく落ち込んでいるようにしか、見えなかったけどなあ……」
特に誰に言うでもなく、誰を責めるでもなく、といった感じの大きな独り言のような台詞が続く。
 (スギさん……)
三室は嬉しかった。分かってくれる人もいるのだ、と。
「そう言われれば、そんな気も……」
赤木の自信無さげな声。
 ドアの向こうがシンと静かになる。
 数秒後、出し抜けに杉森が、
「ああ、あったあった」
声を発し、沈黙を破った。
「何すか、それ? 」
青島の声。
 答えて杉森、
「モモちゃんの落し物」
 直後にドアが開き、杉森が廊下に出て来ながら、三室に向かって手帳を自分の顔の高さまで上げて見せ、
「モモちゃん、あったよ」 
 三室は司令室の中の3人と目が合う。
 3人は気まずそうに目を逸らした。
 杉森は、三室に、はい、と手帳を差し出す。
 杉森の背後でドアが閉まった。
 三室は手帳を受け取り、
「ありがとうございます」
礼を言う。杉森の、自分に対する理解を嬉しく感じていたが、あとの3人のことが引っかかっていた。
 杉森は優しい目で、元気がない三室の目の奥を見つめ、
「初めての出動にしては、モモちゃんは、よくやったよ。だから、気にすることなんて何も無いんだよ」
「…スギさんは、優しいですね……」
杉森から視線を逸らし、伏目がちに言う三室。
 杉森は言葉を重ねていく。
「だって、本当のことだから。……スーパーファイブは3年前に結成されてね、僕とキンちゃんとモトさんは当時からのメンバーなんだけど、初出動の時、初代のレッドやピンクも一緒に、5人揃って死にかけたんだよ。レン君は、1年前の初出動の時には、一生懸命さは伝わってくるんだけど、どうにも空回りしてね、酷いもんだった。それに比べたら、モモちゃんの協調性のある戦いぶりは、とても良かった」
(ホントに……? )
三室は真っ直ぐに杉森を見た。
 杉森、真面目な顔で強く頷いてから、クスッと笑う。
「モトさんは、モモちゃんがボーッとしてる、って言ってたけど、それは仕方ないよね。今日いきなりスーパーファイブに任命されて、いきなり戦闘の現場に連れてかれて、今まで見たこともないような物を、たて続けに見せられて、呆気にとられないほうがおかしいよ」
 それから杉森は、赤木・青島・黄瀬川の、三室についての先程の会話も気にしないように言った。赤木は先輩である黄瀬川に合わせているだけであり、青島はお調子者で、青島自身にとってよほど重要な内容でない限り、その場の雰囲気と一緒にいる相手によってコロコロ意見を変える。黄瀬川に関しては、性格的にちょっと田舎風……新しいものを絶対すぐには受け入れない。外見こそ流行を敏感に取り入れているように見えるが、それは本当の意味で流行を受け入れていない、とりあえず雑誌などに載っている通りにしておけば安心と考えていることの証明だというのだ。
「だから、モモちゃんは何も気にしないで、今日の調子で頑張ってれば、自然と向こうが変わるはずだから」
 杉森の思いやりのある言葉ひとつひとつが、三室の心に染み込む。
「はい」
 元気を取り戻した三室の返事に、杉森は満足げに微笑んだ。
「さあ、店の仕事に戻ろうか」


DPL戦闘班スーパーファイブ~ピンクの憂鬱~ (7)


              * 2 *
 



 ベランダ側の窓と廊下側の窓を全開にした7月の教室、窓側から3列目、一番後ろの席は実に快適だ。
 今は金曜日の2時限目。今週火曜日にスーパーファイブの一員となり、その日のうちに初の戦闘を経験し、それ以来まだ出動は無いが、初めての経験の緊張からきた疲れを引きずったまま、毎日の学校生活と通常のバイトの疲れまで確実に蓄積され、しかも、1時限目の体育は水泳だった。耳からは、古文担当の教師による心地の良い子守唄。……三室は、授業開始からこれまでの45分間、襲い来る睡魔と必死で戦い、気力で制してきた。残り、僅か5分。しかし、もう限界だ。力を失った指先からシャープペンが転がり落ち、重力に負けた瞼が視界を除々に狭めていく。
 と、その時、左手首のブレスが低く震動した。その震動により発生する音は、静かな教室の中では、かなり響き、
(! ! ! )
三室は驚いて、いっきに目が覚めた。咄嗟に右手でブレスを押さえて立ち上がり、
「先生! トイレに行っていいですか!? 」
「三室さんっ? 」
古文教師の驚いた声を背中で聞きつつ、教室を飛び出した。

 三室は最寄のトイレへと廊下を走り、女子トイレの個室に駆け込んで、内側から鍵をかけ、ドアにもたれる。
(あんな大きな音だったなんて、気づかなかった……)
いつ何時呼び出しがかかるか分からないため、ブレスを学校に持ってこないわけにはいかない。もう少し小さな音にならないか、今度、横山さんに相談してみよう、と思った。
 1度、深く息を吐いて落ち着いてから、震え続けるブレスに向かい、三室、
「通話」 
 震動がピタッと止まり、横山の声。
「出るまで、時間がかかり過ぎですね」
「すみません、授業中だったので、抜け出して、話を出来る場所まで移動してました」
そして、今度、と思ったが、話の流れ的に今がベストだと思えたため、
「あの、横山さん、ブレスが震動する時の音、もう少し、何とかなりませんか? あたし、今、すごく焦りました」
言ってみた。
「検討してみます」
三室の質問に短く答えてから、横山、
「それより、声明文が届き、超地球生物の出現場所も特定できました。声明文は、『現地球人類は、他生物の適正生息数を設定する権利など有するのか疑問である。設定するだけでなく、その数に合わせるべく命を奪うとは、言語道断である』。場所は、『カトーナノカ堂三島店』。他のメンバーは既に向かっていますので、直接、現場へ向かって下さい」
 ブレスのことは完全に流されたと感じたが、まあいっか、と、
「了解しました」
 三室は通信を切り、ポケットに自転車の鍵があることを確認すると、トイレを出、教師や他の生徒に見つからないよう注意を払いつつ、校舎脇の駐輪場まで行き、自転車でナノカ堂へ向かった。


                *


 三室がナノカ堂に到着したのは、横山からの連絡を受けた約15分後だった。
 ナノカ堂は、市内にたった1つしか存在しない大型ショッピングセンターで、バイトが休みの日などは、三室も、よく遊びに行く場所だ。
 三室は自転車を店舗出入口前の駐輪場に置き、敷地内のファーストフード店の陰に、一旦、身を隠して、ブレスに向かい、
「戦闘装備」
それから、黄瀬川さんから来るのが遅いの何のと言われるだろうな、などと思いながら店舗出入口へ。
 出入口の外側には黄瀬川が立ち、店舗内から逃げてくる買物客と思われる人々や店員の一団を誘導していた。
 そこへ、赤木が買物客らしき別の一団を率いて出て来、黄瀬川に報告。
「この人たちで最後です」
「了解」
 三室が黄瀬川に駆け寄り、
「遅くなりました」
挨拶すると、
「ホント、遅いわ」
予想通りの返事が返ってきた。予想し、覚悟していた通りだったため、
(精一杯急いできた結果だから反省のしようが無いし……)
三室は、自分が落ち込まないための防御として、
「すみませんでしたー」
意識して軽く流し気味に返すことが出来た。
 自分の黄瀬川への返し方に満足しつつ出入口から中を覗いてみた三室は、
(………………)
思わず立ち尽くした。直後、肩にポンっと誰かの手が載り、ハッと我に返る。 
「ごくろうさま」
杉森だった。
 我に返った時、三室は、あんぐりと口を開いた状態だった。マスクがあって良かったと思った。そんな、絶対にマヌケに違いない顔を誰にも見られずに済んで……。
 三室に、そんなマヌケな顔をさせたのは、出入口を入ってすぐの所にいた超巨大なニホンジカ1頭。以前、三室を四愛医院で襲ったウシも大きかったが、その比ではない。3階建て店舗の、吹き抜けとなっている1・2階部分の天井にツノが支えて頭を真っ直ぐ上げられないほどの大きさ。ドシンドシンと、時々足を踏み鳴らし、その度に建物全体が激しく揺れて、三室の足下もおぼつかない。大きさゆえに、それ以上の身動きは取れないようだ。
「今、キンちゃんが麻酔銃を持ちに行ってるんだ。今のところ、あのニホンジカからの直接の被害は出てないけど、こう激しく揺らされたらね、いつ建物が崩れてもおかしくないから、早めに眠ってもらおうってわけ」
杉森が三室向けに説明し終えたところで、後ろから足音。 
 三室が振り返ると、ライフルのような形をした銃を4丁抱えた青島が、赤木と黄瀬川に、それぞれ1丁ずつ、その銃を渡そうとしているところだった。どうやら、それが麻酔銃らしい。杉森も1丁受け取り、麻酔銃を手にした4人は出入口をくぐって建物の中へ。三室も後に続く。
 赤木・青島・杉森・黄瀬川は、吹き抜けの2階部分、互いに適度な間隔を空けた位置へ跳び上がり、ニホンジカを囲むようにして、動きの一番鈍い首の付け根に狙いを定めた。
 三室は、黄瀬川の指示で、他の4人から見えやすいよう出入口の上の幅広の窓枠に立ち、発射のカウントダウン。右手を高く上げて、
「5、4、3、2、1」
カウントダウンに合わせ、指を1本ずつ折っていく。
「発射! 」
 4丁の麻酔銃から、針が同時に飛び出し、狙い通り、ニホンジカの首の付け根に刺さった。
 ニホンジカは馬の嘶きのように高く鳴き、首を無理に縮めてグリンと回す。瞬間、ツノが黄瀬川を引っ掛け、持ち上げた。 
 その直後、
「っ! 」
黄瀬川は宙に放り出される。
 三室、
「モトさんっ! 」
頭で考えるより先に、体が反応していた。……窓枠を蹴って身を躍らせ、バランスを崩した状態のまま落下していく黄瀬川を、床に墜落する直前で掴まえてバランスを取り、着地。
「大丈夫ですかっ? 」
 黄瀬川は真っ直ぐ三室を見、
「ありがとう。助かったわ」
いつになく優しい口調で言いながら、三室の腕から身を起こす。
 赤木・青島・杉森が、三室・黄瀬川に駆け寄ってきた。
 青島は三室に向かって親指を立てて見せ、軽いノリで、
「カッコイー! 」
「オレも動こうとしたけど、モモちゃん早かった。良い動きだったね」
と、心から感心したように赤木。
 マスクの下で、三室は、そっと照れた。
 その時、これまでとは比べものにならない強い揺れが、スーパーファイブの5人を襲った。立っていられない一同。バランスを保てずに次々と床に崩れ、立ち上がれない。
 麻酔の効いたニホンジカが、くずおれた震動だ。
 揺れが治まった直後、
(……? )
三室は、上から何か小さくて軽い石のようなものがパラパラと降ってきたのを感じ、床にペタンコ座りしてしまっている体勢で頭上を仰ぐ。
 同じく感じるものがあったのか、三室につられたのか、やはり上を見る他の4人。
 落ちてきていたのは、天井の破片だった。
「崩れる! 」
赤木が叫ぶ。
 黄瀬川、
「皆、脱出よ! 」
 三室・赤木・青島・杉森は、頷きあう。
 赤木・青島・杉森・黄瀬川の4人は、次第に大きなものになっていく落下物を かいくぐりつつ、出入口を目指した。
 三室は立ち上がれない。遠ざかる4人の背中を追おうと懸命に立ち上がろうとするが、揺れのショックか、これから、このナノカ堂に起ころうとしている出来事への恐怖か、足がガクガクと、言うことを聞かないのだ。助けを求めようにも、声も出ない。
(どうしよう……! )
気ばかりが焦る。
「モモ! 」
黄瀬川が気づき、引き返してきた。床に片膝をつき、三室の右腕を自分の肩に担いで、
「しっかりなさい! 」
立ち上がる。
 三室は、ほとんど黄瀬川に引きずられるような状態で出入口を出た。
 すぐ後ろで、ドドドドドッ。
 轟音と共に、ナノカ堂は崩壊。モウモウと土煙が立ち込める。
 三室は瓦礫で塞がった出入口を振り返り、冷や汗。
(…危なかった……)
視線を前方に戻すと、土煙の向こうに3つの人影が見えた。こちらに向かい、色が薄っすらと分かるようにまで、ゆっくりと近づいてきた赤・青・緑、3色の人影。赤木と青島と杉森だ。向こうも、こちらに気づいたらしく、
「モトさん! モモちゃんっ! 」
赤木の声。3人揃って、土煙を掻き分けるように、駆け足で三室と黄瀬川の目の前に現れた。
 杉森が気遣わしげに三室の顔を覗く。
「大丈夫? 」
「悪い。 2人がオレらと一緒に来てないの、全然気づかなかったよ」
青島が、ボソボソと申し訳なさそうに続いた。
 黄瀬川、
「気にすることないわ」
言って、杉森のほうへ向かって三室を突き放す。
 三室はバランスを失ってヨロけ、杉森に受け止められた。
 黄瀬川は、杉森の腕の中の三室を斜めに見下ろしながら、
「例によって、この子がボーっとしてたからいけないのよ」
そこで一旦、言葉を切り、
「でも、まあ」
黄瀬川の発する空気がフッと柔らかくなったのを、三室は感じた。
「さっき、私もモモに助けられたんだから、おアイコね」
(…モトさん……)
三室は、黄瀬川が自分を受け入れ始めてくれているような気がして、嬉しかった。
 黄瀬川は瓦礫の山を振り返り、軽く息を吐く。
「ニホンジカの生死は不明ね。この状況じゃ、私たちではどうすることも出来ないわ。後のことは、横山さんに任せましょう」
それからブレスに向かい、
「通信、司令室」
横山に、こちらの状況を説明した。
 横山との通信を終え、黄瀬川、
「モモは、この後、まだ学校よね? 」
 三室、頷く。
「そう、じゃあ、ミーティングはモモの学校が終わってからにしましょう」

DPL戦闘班スーパーファイブ~ピンクの憂鬱~ (8)



 ガララ……。背後で物音。
(……? )
三室は不思議に思って振り返った。危険なため一般の人たちは1人残らず避難させてあるはずであり、三室以外のスーパーファイブのメンバーの姿は、全員、三室の目の前にある。
 三室の視線につられたらしく、他の4人もそちらを向いた。
 直後、堆く積もった瓦礫が、バンッという音と共に宙に跳ね上がり、生きていたとしても麻酔で眠っていて動かないはずのニホンジカが姿を現した。
「……っ! 」
 驚く一同。
 ニホンジカは立ち上がり、ドシンドシンと足を踏み鳴らして、一同を見下ろす。ナノカ堂の中にいる時と全く同じ行動だが、自由に身動きがとれるかとれないかの状況の違いだけで、その迫力に随分差が出る。
 三室のノドがゴクリと鳴った。
 と、ニホンジカが今までになく大きく動いた。右前足を一旦高く上げて勢いをつけ、三室に向けて下ろしたのだった。
 飛び退いてかわす三室。
 空振りしたニホンジカの足は、コンクリートの地面にめり込んだ。
(こんな足で、まともに踏まれたら……)
想像しただけで、三室は、ゾッ。
 その間にも、今度は左前足が黄瀬川を襲う。
 バック転で避けつつ、黄瀬川、
「麻酔は、あまり効果が無かったみたいね」
そして、再び右前足を持ち上げたニホンジカを見据え、
「とにかく、動きを封じましょう」
軽く言ってのけた。
 それを聞き、
(どうやってっ? )
三室は驚いて黄瀬川を見る。
(麻酔は効かなかったのに! )
 そんな三室の視線など全く気に留めていない様子で、黄瀬川は青島・杉森に目配せ。
 青島・杉森は頷く。
 それから青島・杉森・黄瀬川は、それぞれのブレスに向かい、同時に、
「スーパーマシン・ゼロワン、召致! 」
「スーパーマシン・ゼロツー、召致! 」
「スーパーマシン・ゼロスリー、召致! 」
 ややして、専用扉方向の空中に、ゼロスリー・ゼロツー・ゼロワン、の順で、スーパーマシンが現れた。
 本当に宙に浮いているわけではない。建物等を避けながら一般道を戦闘の現場へ向かうため、大きな車体とタイヤを離し、間を細い金属製の脚でつないでいるのだ。
 スーパーマシンは脚を駆使して、ブレスで自分たちを呼んだ当人たちのいる崩れ去ったナノカ堂へ向かって来、出来る限りその近くに駐車スペースを探すと、脚を仕舞う。……ここまでは、三室も前回の戦闘時にゼロワン1台で同じことをするのを見た。
 しかし、3台が揃ったところで、青島・杉森・黄瀬川は、再度、それぞれのブレスに向かって声を揃え、
「DPL変形・合体、『スーパーファイブロボ』! 」 
(へ? 何っ? )
まだ聞いたことの無かった台詞に、一体何が起こるのかと、キョロキョロしてしまう三室。
 その目の前で、3台は変形・合体。ゼロワンは左腕と左脚、ゼロツーは右腕と右脚、ゼロスリーは胴体と頭になり、最後にゼロスリーの荷台だった部分から黒い大きな金属の塊が2つ飛び出し、左右の腕の先にそれぞれ1つずつ合体して両の手のひら……以前、青島がスーパーマシンについて説明してくれた時に勿体つけて、
「使う時が来るまでの、お楽しみっ」
と言っていた、ゼロスリーに積んである金属の塊の正体だ。
 そうして完成した巨大なロボット、スーパーファイブロボの上背は、ニホンジカのツノまで合わせた高さを遥かに凌ぐ。
(スゴイ、スゴイスゴイッ! )
完全にロボに気を取られていた三室は、
「モモちゃんっ! 」
赤木の叫び声で初めて、
「……っ! 」
自分の頭寸前まで迫っていたニホンジカの右前足に気づき、危なくかわした。
 ニホンジカの右前足は、まさに三室が立っていたその場所に、ドカッとめり込む。
(…危なかった……)
三室は冷や汗。
「またボヤッとして……」
黄瀬川の呆れ口調。
「ほら、乗るわよ」
(乗る? )
首を傾げる三室。
 黄瀬川の視線はロボの腹部に向けられている。と、ロボの腹部がウインと音をたてて開いた。
 黄瀬川は、その開いた腹部に向かってジャンプし、ロボの内部へと吸い込まれるように入って行く。
 赤木・青島・杉森も、同じようにして続いた。
 開いた腹部は、どうやら、ロボ内部への入口のようだ。
 三室も4人を追ってジャンプ。4人を見ていて、吸い込まれるように入って行ったように見えたのは、錯覚ではなかった。開いた腹部の高さまで跳ぶと、ブレスが小さくピピッと鳴り、自然と体がロボの内部へと引き寄せられていったのだ。引き寄せられる力に身を任せていると、ゼロツーの座席と同型の座席が前後2列に分かれて計5つ並んだ小さな部屋へと導かれ、最後の空席に座らされた。座ると同時、自動的にシートベルト。三室の席は赤木の隣、後列に2つ並んだ座席の右側。前列には3つの座席が並び、右から青島・黄瀬川・杉森。前列の3人は、それぞれの前にあるハンドルの中央部分にブレスをかざし、右手でハンドルを握っている。前面のガラスから、外の様子が見えた。と、言っても、三室の位置から見えるのは、空と、少し離れたところにあるはずの建物だけだが……。
 黄瀬川、
「ツノを掴んで引き倒すわよ。いい? 」
「了解」
青島・杉森が答える。
 そして、前列の3人揃ってハンドルを操作。ハンドルでロボを動かしているらしい。
「行くわよ! 」
黄瀬川の合図。
 ドドーンッという衝撃音と震動。前面のガラスから、ニホンジカの横顔と、そのすぐ向こうに地面が見えた。ニホンジカを地面に倒したようだ。
「スギさん、ロープ! 」
黄瀬川の指示に、杉森、
「了解」
右手をハンドルから放し、ハンドル下のボタンを押す。
 一瞬、前面のガラスを、幅20センチほどの黄色く長いものが横切った。
「さ、今度こそ終了ね」
言って、黄瀬川はブレスを自分の側に向け、
「通信、司令室」
横山に、先程の通信以降の状況を説明した。
 ロボの内部での三室の位置からは、よく見えなかったが、ロボを降りて見てみると、ニホンジカは、四肢を、さっき前面のガラスを横切った幅20センチほどのもので、まとめてグルグル巻きにされ、地面に横たわっていた。
(ああ、さっきのがロープだったんだ……)
 横たわるニホンジカを見ている三室の肩に、杉森がポンッと手を置く。
「これだけ大きいと僕たちじゃ運べないから、僕たちはここまでだよ。お疲れ様」
「お疲れ様でした」
三室、基地に戻るべく専用扉へ向かう赤木・青島・杉森・黄瀬川を見送ってから、周囲に人目が無いことを確認して戦闘装備を解除。ナノカ堂の崩壊やニホンジカとの戦闘による被害を奇跡的に免れていた自分の自転車に乗り、学校へ。
(自転車、今度の時からは、もっと離れたトコに置こう……)


                 *


 学校の駐輪場に到着したのは、4時限目の最中だった。2時限目の途中で抜け出して、トイレにしては長すぎる。三室は、出来るだけ音をさせないよう気をつけながら自転車を停め、自分の自転車と隣に置かれている他の生徒の自転車の隙間に隠れるように座って、4時限目終了までの35分間を過ごした。昼休みになるのを待って、他の生徒たちが大勢、廊下を行き来するようになってから、紛れ込もうと考えたのだ。
 チャイムを合図に三室は立ち上がり、校舎内に入る。
「あら、三室さん」
入って早々に、突然、背後から声が掛かり、三室は少しビクッとしてしまいながら振り返った。 そこには古文教師。
「お腹の調子は いかが? 」
「あ、はい。もう大丈夫です」
三室は愛想笑いで返し、そそくさと古文教師の前から立ち去る。
(…はあ、ビックリした……)
 
         

DPL戦闘班スーパーファイブ~ピンクの憂鬱~ (9)

             * 3 *


「モモちゃん、お昼行ってきていいよ」
 毎週日曜日は学校が休みのため、三室は朝9時からバイト。 
 売場に牛乳を補充してバックヤードに戻って来た三室に、いかにも臭そうなシミだらけ・シワクチャのエプロンをしたセルフ部チーフ(42歳 男性、独身)が、ボサボサの頭を掻いてフケを撒き散らしながら、声を掛けてきた。
 三室は、あまりの不潔さにハンカチで鼻と口を押さえたいのを堪え、
「はい」
返事をし、エプロンを外して、昼食を買うため、再び売場へ。
(チーフ、結婚しないのかな……。奥さんでもいれば、もう少し清潔に出来るかもしれないのに)
ヤオシゲに正社員として勤めている人には、ある程度歳がいっていても、独身の人が多いように思う。セルフのチーフもそうだし、スーパーファイブのメンバーの中でも、まだ23歳の赤木とバツイチということで一応結婚経験のある青島は別として、黄瀬川などは、どう見ても30歳前後なのに独身だ。他にも、同じ店舗で働く正社員(DPL基地で働く人たちも含め)を見渡すと、結構な歳でも独身の人がチラホラ、どころではない。三室が知る限り、結婚適齢期などちょっと古い言葉だが、それを過ぎていると思われる人たちの中で、既婚者は、店長と精肉のチーフ、レジのサブチーフ、杉森、それから超地球生物研究室長の女性だけだ。出会いが無いのだろうか? ……などと考えながら、昼食を選ぶ。
 パンコーナーでメロンパンを選び、牛乳のケースの最上段の飲みきりサイズの牛乳を手にとって、
(あとは……)
ヨーグルト等のケースの前まで行き、アロエヨーグルトに手を伸ばした三室は、三室の手と同じくアロエヨーグルトに向かって伸びてきた大きな骨ばった手に触れそうになり、
「ごめんなさいっ」
咄嗟に手を引っ込めて、自分のすぐ隣に立っている大きな手の主を仰ぐ。
 ドキンッ。三室の心臓が、一度、大きく脈打った。大きな手の主は、赤木だった。もう片方の手に惣菜コーナーの弁当とペットボトルの茶を持っている。
 赤木は優しく笑み、アロエヨーグルトを1つ手に取って、
「はい」
三室に手渡す。
 三室、受け取り、
「あ、ありがとうございます」
ドギマギしながら礼を言う。赤木とは同じスーパーファイブの一員となり、以前に比べ普段の会話も増えたが、接するのに相変わらず緊張する。戦闘中は、戦闘に集中しているためか平気なのだが……。
 赤木は笑顔で返してから、今度は自分の分を手に取った。
「おいしいよね、これ。モモちゃんも、お昼? 」
「はい」
と、話しながら、三室は緊張しつつ赤木と一緒にレジに向かい、ほぼ同時に隣り合わせのレジを通ると、再び一緒に並んで歩き、お客様用階段を下りて、「関係者以外立入禁止」の紙が貼られたドアを開け、その先の廊下を休憩室へ。緊張してはいるが、
(…何か、自然っぽくて、イイ感じ……)
休憩室のテーブルでも、自然と向かい合わせに座り、
「モモちゃんって、ここでバイト始めて、どれくらいだっけ? 」
「半年くらいです」
会話をしながらの食事。
「あらー。若いっていいわねえ」
三室・赤木と同じく食事をしに休憩室に入って来たらしい鮮魚部のパートさん2人のうち1人が、三室と赤木が座っているテーブルの横で足を止め、ニコニコ笑いながら話しかけてきた。
 すかさず、もう1人が、
「ダメだよ、イナちゃん。私ら年寄りは、邪魔しないように奥の座敷で食べよう」
行って、三室と赤木に向かい、ニヤッと笑って、
「お邪魔さま~」
最初に話しかけてきたほうのパートさんの背を押し、座敷方向へ去って行く。
 三室は、自分の顔が赤くなっているのを感じ、赤木から見えないよう下を向いた。完全に面白がられ、冷やかされたのだが、三室は、相手が赤木なので悪い気はしなかった。むしろ、照れを感じながらも嬉しかった。下を向いたまま、チラリと目だけで赤木を窺うと、赤木も特に気を悪くした様子は無く、ごく普通に話を続ける。
「セルフのチーフが、モモちゃんのこと、仕事を覚えるのが早いし手際もいいって、褒めてたよ」
(覚えが早くて手際もいい、か……)
三室は桃沢を思い出し、沈んだ。三室に仕事を教えてくれたのは桃沢だ。手際の良さも、桃沢を倣ってのこと。桃沢が店を去って5日。今頃、どうしているのだろう……、と。
 赤木、
「ゴメン。 オレ、もしかして今、何か悪いこと言った? 」
三室を気遣わしげに覗き込む。
 三室は、せっかくの会話中に 自分が急に表情を曇らせたのだと気づき、慌てて笑顔つくり、首を横に振った。
「ゴメンなさい。ただ、ちょっと桃沢さんのこと思い出しちゃって……。突然辞めちゃったでしょ? あたし、結構、良くしてもらってたから、ショックで……」
 赤木は、どこか遠くを見るような目になる。
「…リエさんか……。オレも、良くしてもらってたよ。……優しかったよね。優しくて、強くて……。尊敬できる人だったのに、残念だったよ……」
(ん? 強い……? )
三室は、赤木の言葉の中の、普通ならば聞き流してしまいそうな何気ない一部分に、引っかかりを覚えた。それというのも、自分が教えてもらえなかった、桃沢が辞めた理由について、1つの可能性として考えていたことがあり、今の赤木の発言は、その可能性を強めるものだったからだ。 ……5日前、スーパーピンクに任命されたばかりの三室に、横山は、
「先代のピンクには今日付けで辞めてもらいました」
と言った。どこまで本気にしていい話か分からないが、青島は、スーパーファイブのメンバーは名前で選ばれるといった。桃沢には「桃」の字がつく。  その2つのことから、もしかしたら桃沢は先代のピンクで、スーパーファイブを何らかの理由で脱退したために、会社も辞めることになったのではないか、と。
 三室、周囲に聞こえないよう注意を払い、小声で、
「レンさん、もしかして、あたしの前のピンクは、桃沢さんですか? 」
「そうだよ」
赤木も小声で答える。
(…そうだったんだ……)
三室は、桃沢が辞める理由を話してくれないことを寂しく感じていたが、ここまで重大な秘密に関係していたのなら仕方がなかったのだと思った。 三室の中で寒色系でまとまってしまっていた桃沢との思い出が、次第に暖色系に色づいていく。
 と、その時、三室と赤木のブレスが、同時に、それぞれ震動した。
 三室は反射的に立ち上がり、同時に、赤木もガタンと椅子を鳴らして立ち上がる。ふと目が合い、赤木がちょっと笑い、三室も笑みで返す。
 そこからは、全てが、ほぼ同時。テーブルの上を手早く片付けてから普通に休憩室を出るのも、早足で廊下を歩くのも、
「失礼しますっ! 」
店長室に飛び込むのも、何だか競い合っているようなタイミング。そしてブレスに、
「通話」
と、これまた同時に言ってしまい、それがおかしくて、今度は三室が自分から笑ってしまいながら、すぐ隣の赤木を仰ぐと、赤木も三室のほうを向き、笑っていた。
 ブレスを介して三室と赤木の笑い声を聞いたらしい横山の、
「何か、おかしいですか? 」
淡々とした声。
 横山から姿が見えるわけでもないのに、赤木は姿勢を正し、
「いえ、何でもありません」
「そうですか」
横山は、あっさりと返し、続ける。
「声明文が届きました。超地球ウシの時と全く同じ内容です。場所は、現在特定中です」
(超地球ウシ? )
三室がスーパーファイブに入る以前の事例だろう。 
 三室が首を傾げていると、通信を切った赤木が、地下への階段に向かって歩き出しながら、その無言の疑問に答えた。
「モモちゃんが四愛医院で襲われた、あの時だよ。声明文は、確か……」
狭い階段を下りつつ 宙を見据え、一生懸命思い出している様子。
 三室は斜め後ろに従って、次の言葉を待つ。しかし、
「『現地球人類は、同じ現地球人類の病の治療に懸命である。難病であれ伝染病であれ、治療を放棄されないのである。しかし何故、家畜が同じ扱いを受けないのか疑問である。安易に命を奪うことで解決を図ろうとするのか疑問である』……だったかな? 」
三室、赤木が頑張って、やっと思い出して教えてくれた時には、半分以上聞き流し、
(あの時……)
別のこと……四愛医院でウシから助けてもらう際、赤木にしっかり抱きかかえられていたことを思い出し、1人で赤面していた。
 
 三室・赤木が司令室に入って行くと、他のメンバーは既に揃っており、黄瀬川が超地球生物の出現場所を特定したところだった。
「分かりました! 『病院団地』内、『深井小児科』! 」
 横山が頷き、スーパーファイブの面々を見回す。
「スーパーファイブ、出動! 」


                 *


 深井小児科に到着したスーパーファイブ一同を、小児科の外来用駐車場で不安げに小児科の建物を見つめていた60歳代の男性小児科医師が出迎え、状況を説明した。
 今日は日曜日だが、当番医のため診療を行っていたらしい。
 いかにも小児科っぽい薄ピンクの白衣に身を包み花柄の可愛らしいエプロンを身につけた若い女性看護師4人と、乳児も含めて8人の小さな子供たち、その母親らしき女性たちが、医師の傍で身を寄せ合っている。
 医師の説明によれば、10分ほど前に突然、診察室内に十数羽のニワトリが現れ、中にいた自分や看護師に足で掴みかかったり、クチバシで突いたり、飛びまわって機材を落として破壊したりし始め、待合室の様子を見に行けば、そこも全く同じ状況だったため、院内にいる全員で外に避難したのだという。ニワトリは凶暴だが普通の大きさで、特殊な性質も見当たらず、人体への被害は擦過傷程度で、隣接する産婦人科から借りた薬等で既に消毒などの処置を施したとのこと。
 説明に対し、黄瀬川、
「分かりました。ここなら安全のようですので、皆さんは、このまま、ここにいて下さい」
 医師、頷く。 
 黄瀬川は、三室・赤木・青島・杉森を見回し、
「私たちは、まずは状況の確認を」

 5人が出入口のドアを開けると、受付の横、待合室にいた10羽前後のニワトリがクリンと首を回して5人を振り返って見るや否や、待ってましたとばかり襲い掛かってきた。
 ニワトリが外に出ないよう、ドアの一番近くにいた杉森が、素早くドアを閉める。
 羽をバサバサ動かして舞い上がり、足で掴みかかってこようとしたり、(ニワトリなりの)猛スピードで突進してき、クチバシで突こうとしてみたりするニワトリたちをかわしつつ、受付前から待合室、トイレ、事務室、診察室、と、状況を見て回る5人。
 あちらこちらに羽や糞が散乱し、元々の状態は分からないが、待合室の窓辺のカーテンは裂け、ソファは表面を覆う布が破けて中綿がとび出し、本棚は空っぽ。そこに収まっていたと思われる本は真下の床に散らばり、診察を待っている間に子供たちが遊ぶために用意されていたのであろう病院名がマジックで書かれたクマのヌイグルミは手足がもげて目玉が無かった。他にも、診察室の治療用の器具、事務室の大量のカルテが、それぞれ仕舞ってあったと思われる場所近くの床に散らばり、トイレなど、洗面台の蛇口が壊れて水が噴水の如く噴き出していた。
「こりゃー、片付けるの大変だろうな」
青島が呟く。 
 黄瀬川は冷たく、
「建物が壊されるよりマシよ」
返してから、
「それより、キンさん。ケージ持って来て。小型でいいわ。ニワトリを全て捕獲して帰りましょう。今回は、それで充分だわ」
「了解」
短く答え、青島は出入口へ。
 
 ややして青島が縦・横・高さ、それぞれ1・5メートルほどの立方体のケージを持って戻って来、待合室の床に置いた。
 黄瀬川は三室・赤木・杉森を見回し、
「始めましょう」
最後に青島を見て、
「キンさんは、ケージの扉の開閉をお願い」
 扉の開閉係の青島以外の4人は、これまでひたすらかわしていたニワトリの攻撃を、一転、受け止め、掴まえてはケージに放り込む。
 青島はケージの前で待機。仲間がニワトリを捕まえてくる度に、既に中に入っているニワトリが逃げないよう気をつけつつ速やかに扉を開閉。
 あまりに余裕な作戦。そのため、
「痛ーっ! 」
三室が片手で2本の脚をまとめて掴んでいたニワトリにクチバシでドドドッと頭を突かれた時なども、赤木と杉森は、
「大丈夫? 」
と、一応心配げな声を掛けてくれたが、直後に失笑。
 黄瀬川は、またボヤッとして、とばかり呆れ気味に溜息を吐き、青島に至っては、三室を指差して大笑い。
 周囲の反応に、三室は、本当は怒ってなどいないのだが、照れ隠しの手段として、
「笑うなんて酷いですよ! 」
怒ってみせる。
 そんな、まるで学校での日課の清掃時間のような和やかな雰囲気の中、作戦を終え、5人は、ニワトリの入ったケージを、せーの、で持ち上げた。
 出入口を出、そのすぐ外側の数段しかない階段を三室は、うっかり踏み外し、尻もちをつく。
 やはり黄瀬川は大きな溜息。
 青島は、またもや三室を指差し、爆笑。
 優しい杉森は笑いを必死で堪えつつ、
「大丈夫? 」
 赤木も杉森と同様、一生懸命笑いを堪えた結果、ピクピクと肩を震わせてしまいながら、そっと三室に手を差し伸べた。
 三室は恥ずかしさに俯いたまま、その手を取る。

DPL戦闘班スーパーファイブ~ピンクの憂鬱~ (10)


               * 4 *


 夜10時、県営団地H棟の4階の一室。 居間のテレビから、提供の製薬会社の調子の良いテーマソングが流れたのを聞きつけ、自分が夕食で使った食器を流しに置きに台所へ行っていた三室は、急いで居間へ。
 三室が好きなバラエティ番組が始まる。 出演者の1人を、何となく赤木に似ていると感じてから、毎週、欠かさず観ていた。
 テレビの真ん前、畳の上にペタンと座って陣取った三室に、部屋の隅で三室の制服のシャツにアイロンをかけていた母、
「桃佳、あんた、宿題とか無いの? 」
 三室、面倒臭い話になる気配を察知し、意識的にテレビのほうを向いたまま、
「無いよ」
短く返す。
「宿題が無くても、予習とか復習とかは? 」
「いいよ。テスト前じゃないし」
母の言葉に、やはり意識的に無感情を装って答える三室。
 母は、その反応の薄さ加減にイラついてか、
「まったく。そんな、どうでもいいようなテレビを観るほど暇なら、自分の服のアイロンくらい自分でかけたらいいのに。ゴハンの食器だって、流しに置くだけで洗いもしないし……」
ブツクサと、当初の内容とはズレた大きな独り言。
 三室は、うるさいなあ、と思いながらも、何か反論しても余計にうるさくなるだけなので、聞こえないフリ。
 母は、ブツクサ言い続ける。
 風呂に入っていた中学3年生の弟・重松が、風呂から出て来、
「姉ちゃん、風呂」
声をかけた。
 それにも、
「んー……。後で入る」
三室は意識的生返事。
 母は、ものすごく大きな溜息を吐いてから、
「じゃあ、お母さん、先に入るよ」
三室の、どうぞ、と、ごく普通な返事に、もう1つ大きな溜息を吐き、居間を出て行く。
 湯上りの熱気を僅かに放つ頭にタオルを被った重松が、三室の左隣にドッカと腰を下ろし、プシュッとコーラの缶を開けた。
 三室、
「あ、コーラ。いいな」
ちょうだい、と、左手を出す。
 重松は軽く息を吐き、
「1口だけだよ」
「うん」
三室はコーラを受け取り、口をつけようとした。その時、
「あ、蚊……」
コーラを持った左手の甲に蚊がとまる。三室は空いている右手で叩いた。当然、開けたばかりで中身がたくさん入っているコーラは、畳にこぼれる。
「あーあ。何やってんの? 馬っ鹿じゃねーのっ? 」
重松はテレビの横のティッシュの箱を手元に引き寄せ、ババッと手早く5・6枚引き抜くと、こぼれたコーラを拭きつつ、
「大体さ、姉ちゃん。蚊が血を吸ってる最中は、叩き潰すんじゃなくて、指で弾き飛ばしたほうがいいんだよ。皮膚に付いた蚊の死骸の破片から、伝染病に感染する可能性があるんだって」
(へえ、そうなのっ? )
三室が重松の豆知識に感心したのと同時、ブレスが震動。三室は、咄嗟に右手で押さえ、コーラを安全に、ちゃぶ台の上に置いて立ち上がり、隣の6畳間へ。
「姉ちゃん? 」
背中で重松の声を聞きながら、襖を閉め、明かりのついていない真っ暗な6畳間の中、
「通話」
 ブレスの向こうからは、横山の声。
「壱町田の『ヤワタ神社』に超地球生物が出現しました」
 壱町田、ということは、ヤオシゲから、そう遠くはない場所のはずだが、はて、どこだろう? 三室は首を傾げ、
「どこですか? それ」
「基地の斜向かいに、小さな山のような緑地があるでしょう? そこです」
(ああ! )
と三室は思い出し、
「はい、分かりました」
そこならば、小学生の頃に友達と、探検、などと言って行ったことがある。そう、木が生い茂った、昼間でも薄暗い、横山の言うとおり小さな山のような場所で、細い階段を上った先の平らな開けた場所に、古くて小さい祠があった。
 三室の返事を受け、横山は続ける。
「声明文は、『子孫を残したいと願うのは、生物としての本能である。現地球人類への影響は、稀に起こる一部の例外を除き、ごく僅かにもかかわらず、生物として現地球人類とも共通のはずの願いに、協力を得られぬどころか妨害されるのは疑問である』。 スーパーマシンは、今回、移動手段としては出動させませんので、直接、向かって下さい」
「了解しました」
 三室は通信を切り、6畳間内の襖、玄関とつながっているほうを開け、自転車の鍵を手に、靴を履く。
 と、背後から、
「どっか行くの? 」
 三室はギクッとして振り返る。重松だった。三室は慌てて重松の口に飛びつき、シーッと、自分の唇の前で人指し指を立てる。
「お母さんには内緒にして! 」
「……いいけど? 」
首を傾げる重松に見送られ、三室は玄関を出た。


                *


 三室は、玄関を出てすぐの階段を、4階から1階まで、いっきに駆け下り、自転車でヤワタ神社を目指す。
 「沢地大橋」に差し掛かった辺りで、ブーン、と低い音が聞こえた。初めは耳鳴りかと思ったが、音は続き、しかも、神社に近づくにつれ大きくなっていく。
 神社のある小さな山の前に到着した三室は、自転車を道路の隅に停め、周囲に人目が無いことを確認してから、戦闘装備。直後、神社をねぐらにしていたのだろうか、山の中から道路へと、70歳くらいのホームレスの男性が転がるように出て来、三室に縋りついて、小さな山を指差しながら しきりに何かを訴えた。しかし、動転しきっている様子で、何を言っているのか全く分からない。
 三室は、宥めるように男性の肩をそっと撫で、ここは危険だから、と、移動するよう勧めた。
 男性は、チラチラと頻繁に三室を振り返りながら、沢地大橋方向へ去って行く。
 男性のその様子に、三室は、戦闘装備するところを見られたかも、と気にしつつ、相変わらず止まないブーンという音が、頭上から聞こえてきているような気がし、空を仰いだ。
(うわっ……! 気持ち悪っ! )
音は、やはり上空からだった。その正体は、虫の形の超地球生物の羽音。小さな山の上空に、十数匹が舞っている。上空にいるにもかかわらず、姿がハッキリ分かるほどの大きさだ。
「あれは、蚊ね」
三室の斜め後方から、独り言のように、黄瀬川の声。
 既に戦闘装備を済ませた黄瀬川は、隅に寄せて停めたシルバーのスポーツカーの横で、上空の、蚊と思われる超地球生物を見上げていた。
 暫くの間、黄瀬川は、観察するように蚊を見つめてから、ブレスに向かい、
「通信、司令室」
横山に状況を説明。その後、初めて三室の存在に気づいたように、
「モモ、早いじゃない。珍しく」
声をかけた。
 駅方向から左ハンドルの赤い小さめの車と白い軽自動車、沢地大橋方向から深緑色のワゴンタイプの車がやって来、次々と、小さな山の前の道路の隅に停まる。
 赤い車からは青島が、白い軽からは狭いドアの枠を軋ませながら窮屈そうに杉森が、深緑色の車からは赤木が、それぞれ戦闘装備した姿で降りて来、羽音に気づいたらしく空を仰いだ。
 黄瀬川が、三室・赤木・青島・杉森を見回し、
「皆、揃ったわね。階段があるようだから、とりあえず上って、出来るだけ近づきましょう。後のことは、それから考えればいいわ」
 三室以外の4人はブレスに向かい、
「点灯」
三室も倣って、
「点灯」
 すると、ブレスの文字盤の部分に懐中電灯ほどの明るさの明かりがともった。
 その明かりで足下を照らし、一同は、両脇に木が密集して生えている、幅や段の高さの不規則な苔むした暗い階段を上っていく。

DPL戦闘班スーパーファイブ~ピンクの憂鬱~ (11)


やがて一同が辿り着いた階段の終点、祠のある平らな開けた場所は、階段の途中地点に比べ、木と木の間隔が広く、多少は明るかった。
(……っ? )
急に羽音が近く迫って来たように感じ、三室は頭上を振り仰ぐ。
(! ! ! )
その感じは錯覚ではなかった。一同が上ってきたことと関係があるかどうかは分からないが、上空にいた超地球「カ」、十数匹全てが、一同のほうへと舞い降りて来ていた。大きい。一同の目の前に後足だけで人間のように背筋を伸ばして降り立った「カ」の上背は、三室と同じくらいある。きちんと数えてみれば、その数、13匹。三室たちスーパーファイブを取り囲む。
 三室たち5人は 背中合わせで立ち、互いの背中を守った。
 13匹のうち1匹の「カ」が、1回、右の後足で地面をトンッ、と踏み鳴らした。それが合図だったか、「カ」は一斉に5人に襲い掛かる。
 背中合わせの陣形は、あっという間に崩れ、5人は散り散りに。
 三室は、自分に向かってきた2匹の「カ」の前足・中足から繰り出される突きと後足による蹴りを、ひたすらかわし続ける。初めての、まともに体を ぶつけ合うような戦闘に、どう動いてよいか分からず、途惑っていた。だが、かわし続ける限界は、すぐに やってきた。「カ」の攻撃が三室の体を掠めはじめたのだ。三室の腋の下を嫌な汗が濡らす。そして、ついに、
(……! 避けきれないっ! )
2匹の「カ」から、三室の顔面目掛けて正面から突き出された前足は、あと5センチで届く。三室は半分ヤケクソで、両腕を肘を軸に外側に向かって弧を描くように動かし、「カ」の拳を払った。その自分の姿がキチンと形になっているように感じ、三室は、思いきって、自分から攻撃を仕掛ける。先ず、向かって右側の「カ」の腹部末端を突き上げる形で右足を蹴り上げた。クリーンヒット。右側の「カ」の動きが一瞬止まる。蹴り上げた足は元の位置に戻さず、前に向かって踏み込みざま、今度は右拳を向かって左側の「カ」の胸部を狙って突き出した。残念ながら、これは、胸部の前で交差させた両前足によって受け止められてしまったが、今の攻撃も、ついさっきの防御と同様、かなりサマになっているように思える。ピンクに任命された時の横山の説明、戦闘の際の基本的な動作等はスーパースーツが教えてくれる、とは、こういうことだったのか、と納得した。
 そこへ、
「モモッ! 」
黄瀬川の鋭い呼び声。
 三室は目の前の敵に注意を払いつつ、周囲に視線を走らせて、黄瀬川を捜す。黄瀬川の姿は、三室が戦っている最中の2匹の「カ」の体と体の隙間、5メートルほど先に見えた。その姿は、三室と戦っている2匹の「カ」の向こうを右へ左へ行き来する数匹(あまりにも動くので正確には数えられない)の「カ」によって、隠されては現れ、また隠され。立ち位置を全く変えず、1人で、少なくても5匹の「カ」を相手にしている。場所を全く移動しない理由は、
「モモ、スギさんを基地に運んで! 」
黄瀬川の言葉で初めて気づいた。黄瀬川の後ろ、地面の上に、戦闘装備が解除された杉森が、うつ伏せで倒れている。
「吸血されたの! 早くっ! 」
「は、はいっ! 」
噛みつくような黄瀬川の台詞に反射的に返してから、三室は、ちょっと考えた。今、自分と杉森の間には、自分が戦っている2匹と黄瀬川が相手をしている少なくても5匹、最低計7匹の「カ」がいる。この状況で、より安全に、より早く、杉森の所まで行くには……。
(これ、かな……? )
他に思いつかない。三室は腹を据え、一度、大きく息を吸ってから、姿勢を低く、
「ウアアアアアアアアーッ! 」
大声を発しながら、少なくて見積もっても7匹の「カ」の中に、真っ直ぐ突っ込んで行った。
 三室の判断は正しかった。三室と戦っていた2匹の「カ」は、三室の勢いに圧されたのか、ササッと道を空け、黄瀬川ばかりに気を取られていると思われる約5匹などは、三室が、その5匹の間を走り抜け、黄瀬川の脇に到達した時点で初めて、三室に注意を向けたようだった。
 黄瀬川、
「お願い」
自分の脇を通り過ぎる三室に短く言う。
 三室は、了解です、と返してから、杉森の脇に片膝をつく。
(……っ! )
暗くて遠目からは全く分からなかったが、見れば、杉森の首筋の、吸血された時のものと思われる傷口からは、トクットクッと脈のりズムで血が溢れ続けていた。グッタリと動かない杉森の体の下には、血溜まりができている これまで生きてきた中で一度も見たことの無いような惨状に、呆然となりかけてしまい、
「モモ! 早くっ! 」
三室と戦っていた2匹も加わって計約7匹になった「カ」を相手にしながらの黄瀬川の叫び声に、ハッと我に返る。
(そうだ、急がなきゃ! )
 三室は杉森の左腕を持ち上げ、自分の肩に担いで立ち上がり、階段のほうへ。スーパースーツの機能により腕力が何倍にも強くなっているため、重さは大して感じないが、体の大きな杉森は、やはり運びにくい。
 おぼつかない足取りで階段を下りていく三室。ふと気配を感じ、振り返ると、
(! ! ! )
三室を一番倒し易い相手と判断したのか、その場にいる、おそらく全ての「カ」が、三室と杉森の後を追ってきていた。三室は固まる。
(どうしよう! 今、攻撃されても……! )
 赤木・青島・黄瀬川が、三室を追ってきていた「カ」の群れを掻き分け、三室・杉森と蚊の間に割り込んで来、三室と杉森を背に庇うように立った。
 黄瀬川が肩越しに三室を振り返り、
「行きなさいっ! 」
 三室は、黄瀬川に分かりやすいようにと大きく頷いて見せてから、前を向いて、ヨロケながらも出来るだけ急ぎ足で階段を下りた。

DPL戦闘班スーパーファイブ~ピンクの憂鬱~ (12)



 階段を下りきってから、三室、
「通信、司令室」
横山に、負傷した杉森を運び込む旨を伝えた。
 横山から、現在、店舗のほうの入口は従業員用出入口も含め、全て鍵がかかっているため、外から直接基地内へつながる入口を教えるから、そちらから入るように、との指示を受け、言われた通りに進む三室。……まず、お客様用駐車場への坂道を下り、お客様用駐車場を抜け、建物の裏の従業員用駐輪場へ。駐輪場の奥には、駐輪場を使用している三室も今まで気づかなかった、小さな物置小屋があった。物置小屋の正面の引き戸の右脇には、司令室のドアなどの右脇についているものと同じ、黒い長方形のガラス。ブレスの文字盤を向けると、引き戸がピッと鳴った。小屋の引き戸は自動で開かないので自分で開けるようにとの指示に従い、自分で開けると、その奥には店長室の中のドアの奥にあるような、下へと続く薄暗く細い階段。階段を下りていくと、その終点にドアと、また長方形の黒ガラス。ブレスを向けると、今度は自動で開いた。
 パッと射し込んだ明るい光に、三室は目を細める。基地の廊下に出たのだ。位置的には、店長室の階段からの出入口の真正面。白衣を着た、医療室の20代の男性が、ストレッチャーを用意して待機していた。
 三室は杉森をストレッチャーに乗せ、医療室の男性に杉森を頼んでから、来たところを戻ろうとする。と、そこへ、
「モモさーんっ! 」
大きな声で三室を呼び、廊下を、スーパーマシンの駐車場側から、テニスのラケットを4本抱えた機械関連室開発班の20代女性が走ってきた。
 開発班の女性は、三室の前まで来て止まり、2回、深呼吸を繰り返して息を整えてから、
「今回は蚊の超地球生物だと聞いて、即席で対応の武器を作ってみたんですけど」
4本のうち3本を三室に手渡し、残り1本を自分の手にとって説明を始める。そのラケットは、仮称「超地球『カ』対応超高圧電流ラケット」。市販の蚊退治用のラケットと使用方法も基本的なつくりも同じだが、金網部分には市販の物とは比べ物にならない超高圧の電流が流れるため、使用中は絶対に触らないようにとのこと。
 説明を終えて、女性は、説明に使っていたラケットも三室に差し出した。
 三室は受け取り、礼を言って、ヤワタ神社への道を大急ぎで戻る。

 三室は、神社へ続く小さな山の階段を駆け上った。先程、赤木・青島・黄瀬川と別れた辺りには誰の姿も無く、階段のもっと上のほうが騒がしい。
 三室は3人を捜しつつ階段を駆け上り、結局、上りきると、最初に戦闘をしていた祠のある開けた場所で、赤木と黄瀬川がそれぞれ4匹の「カ」を担当、青島が5匹を担当して、戦闘の真っ最中だった。3人とも、防戦一方の苦戦を強いられている。
(……どうしたら、いい? )
自分が何の考えも無しに、ただ飛び込んでいっても、それほど状況が変わるとは思えない。どうしたら流れを変えられるだろう……、と、三室が考えを巡らせかけた、その時、視界の隅で、赤木が1匹の「カ」に羽交い絞めにされ、残る3匹のうち2匹にそれぞれ片方ずつ、両足をガッチリ押さえつけられた。ゆっくり赤木の正面に回って来た最後の1匹の細長い口が、やはりゆっくりと、赤木の首筋に近づく。
(吸血されるっ! )
三室は赤木のほうへ、夢中で突進した。考えている暇などない。走りながら、抱えていたラケットのうち3本を投げ捨て、1本を右手に持ち替えてグリップ横の電源を入れる。ラケットから、キイーンと高い微かな音が発せられた。
 「カ」の口が、今まさに赤木の首筋に突き刺さろうというところで、ラケットの金網部分が「カ」の背中に届くくらいまで間合いを詰めた三室は?、一度 ラケットを高く振り上げて 勢いをつけ、「カ」の背に叩きつける。瞬間、バチバチバチッと火花が散り、ラケットを背に受けた「カ」は、その場にくずおれた。だが同時、
(! ! ! )
ラケットを「カ」の背に叩きつけたときに発生した力により、三室は後方に弾かれて、背中から地面に落ちる。
「モモちゃんっ! 」
赤木の叫び声。
 大したダメージは無く、すぐに起き上がろうとした三室だったが、赤木のところにいた「カ」、ラケットを受けた「カ」以外の3匹が、即座に標的を三室に変更し、寄ってきて、地面に押さえつけられてしまった。身動きが取れない。3匹のうち1匹の顔が、目の前に迫る。
(……! )
恐怖を感じたのは、ほんの一瞬。首筋に、
(っ! )
鋭い痛み。直後に視界がぼやけ、痛みもなくなる。戦闘装備が解除されたのが分かった。瞼が重い。視界が次第に細くなっていく。

DPL戦闘班スーパーファイブ~ピンクの憂鬱~ (13)


                *


 目の前に、白い天井が見えた。三室、
(ここは……? )
半身起き上がってから、辺りを見回す。医療室だった。三室は医療室のベッドに寝かされていたのだ。隣のベッドには杉森が寝ている。
(どうして……? )
今ひとつ状況が掴めない。廊下側の自動ドアがウィンと音をたてて開き、負傷した杉森を頼んだ、先程の医療室の男性が入ってきた。
 男性は、起き上がっている三室を一瞥すると、徐にドアの横の壁に掛けられた電話の受話器を取り、内線ボタンと数字の1のボタンを押し、
「モモさんが気づかれました」
(…ああ……)
男性の行動をぼんやりと眺めながら、三室は思い出す。
(そうか、あたし、「カ」に血を吸われて……)
 そこへ、再び、ドアがウィンと開き、色の抜けた黒デニムの細身のパンツに体にピタッとフィットした黒のランニングシャツ、上に茶色の半袖パーカーを羽織った、私服姿の赤木が入ってきた。
 見慣れない私服姿に、三室はドキッ。
(カッコイイ……)
 赤木は医療室の男性に、
「ありがとうございます」
と、若干疲れたような声を掛けてから三室に歩み寄り、少し腰を屈め、両の手の親指をパンツのベルト通しに引っ掛けた格好で、
「気分は、どう? 」
心配げに三室の顔を覗きこむ。
 チラリと覗く、胸板の厚さを感じさせる腋と腋毛に、三室はドキドキッ。
「モモちゃん? 」
 三室、名を呼ばれてハッとし、恥ずかしくなりながら、
「あ、はい、大丈夫です」
 赤木は、良かった、と、ホッとしたように笑み、
「気づいたら帰っていいってことだったから、送ってくよ」
「え、そんな、悪いですよー」
三室は遠慮しようとしたが、赤木は首を横に振り、
「限界近くまで吸血されてたらしいよ。治療は終わったけど、まだ、自転車なんて漕がないほうがいい」
いつもの優しい口調だが、
「それに、実はもう、モモちゃんの自転車、オレの車に積んであるんだ」
 三室は、ちょっと驚く。
(強引なところもあるんだ……)
しかし、それは自然で爽やかで、嫌な強引さではなかった。
「帰ろうか」
言って、赤木は上に向けた手のひらを三室に差し出す。
 三室は、その手を、内心とても照れながら、表面上は平静を装って借り、ベッドから下りて、杉森のベッドの向こうでファイルに視線を落としている医療室の男性に礼を言ってから、赤木の半歩後ろをついて医療室を出た。

 廊下を歩き、従業員用駐輪場へ続くドアを通り、細い階段を上って出た外は、空が白み始めていた。
(……? )
三室はブレスを見る。時刻は4時半。時計部分に一緒についているカレンダーの日付も、1つ進んでいる。
(こんな時間っ? )
自分も杉森も眠っていたのだから、ミーティングなど、まだやっていないはずで、それなのに、
(どうしてレンさん、こんな時間まで基地に……? )
戦闘が、ものすごく長引いたのだろうか? しかし、何となくで分からないが、青島や黄瀬川が赤木と一緒にいたような感じがしない。三室が目覚めたと連絡を受けて医療室に入ってきた時の赤木の雰囲気には、長い時間を静かな場所で1人きりで過ごしていた人の気だるさがあったように思う。 もしかして……と、三室、少し先を歩く赤木の背中に向かい、
「レンさん、あたしが起きるのを待っててくれたんですか……? 」
 赤木は足を止め、振り返って、真っ直ぐに三室を見つめ、頷いた。
「モモちゃんが吸血されたのは、オレを助けたせいだから……。医療室の人は大丈夫だって言ってくれたけど、帰っても、気になって眠れないよ」
 気になって眠れない、気になって眠れない、気になって眠れない……。赤木の言葉が頭の中で木霊し、三室の胸がキュウッとなった。
「ごめんなさい。心配かけて……」
 赤木は優しい笑顔を浮かべ、
「行こう。早く帰って、学校に行く前に、もう少し休んだほうがいいよ」
 
 三室が赤木と共に従業員用駐輪場を抜け、建物の横を通り過ぎて、お客様用駐車場へ出ようというところまで来ると、すぐそこに赤木の車が停めてあるのが見えた。
 赤木が突然、
「あっ」
と小さく声を上げ、建物の横に引っ込みざま、三室の手首を掴んで引っ張り、三室も建物の横に引っ込めた。
 三室は軽く驚き、
「どうしたんですか? 」
 赤木は、シッと唇の前に人指し指を立て、小声で、
「うちのチーフが出勤してきた」
 三室がそっと顔を建物の横から出して見てみると、40代の小柄な精肉部チーフが、赤木の車を見て首を傾げつつ、従業員用の入口のドアを開けたところだった。三室、
「ずいぶん早いですね」
「あの人は、いつも、これくらいの時間には来てるよ」
(へえ……)
精肉部チーフの早起きに素直に感心しながら、三室は、赤木の真面目な性格を考え、たった今の言葉の中の微妙に皮肉げな響きが腑に落ちず、
「でも、レンさんなら、チーフに合わせて、自分も早く出勤しそうですけど? 」
 返して赤木、
「早すぎだよ。もちろん、オレも初めの頃は付き合ってたけどね」
(やっぱり! )
 付き合わなくなった理由は、精肉チーフの早朝出勤が単なる趣味で、赤木から見て、その必要性が全く感じられず、また、早起き続きで辛くなってきた赤木が試しに付き合わないでみたところ、チーフが何も言わなかったから、ということらしい。 
 だが、それでも7時前には出勤していると聞き、
「それって、充分早くないですかっ? 」
三室は驚いたが、
「そうかな? 」
赤木は困ったように、ちょっと笑って、
「もう慣れちゃったから分かんないけど、この店もそうだし、他の支店も、生鮮部門の社員は、ほとんどの人がそんなもんだよ」
(そっか……。大変なんだ、生鮮の社員さんって……)
三室は、赤木が自分を待っていてくれたここを申し訳なく思った。今日も、その時間に出勤するのだろうから。
 精肉チーフが建物内に入ってドアが閉まるのまでを見届け、確認したように頷いてから建物の横から出て自分の車へと歩く赤木の少し後ろを、歩く三室。車のところまで来ると、窓から、前方に向かって二つ折りの形で倒された後部座席に三室の自転車が横にして積まれているのが見えた。
 赤木が助手席のドアを開け、三室に乗るよう勧める。
 三室が、
「お邪魔します」
と言って乗り込むと、赤木は優しく笑み、
「どうぞ」
 三室が助手席にキチンと座るのを待って、赤木は助手席のドアを閉め、運転席に乗り込む。
 好きな人の助手席は、何だか特別な感じだ。区切られた空間の中で、空気を共有できる。運転席の横顔を、ギアチェンジする大きな左手を、独り占めしてる気分になる。……赤木が自分の目の覚めるのを待ってくれていたことへの申し訳なさとも入り混じり、三室は胸がいっぱいになって、赤木の、
「モモちゃんは 光ヶ丘だったよね? 」
との問いに、はい、と答えたきり無言になってしまいそうになり、これはいけないと、すっかり働きの悪くなっている頭を一生懸命回転させ、話題を探した。 
 数秒かかって三室が何とか見つけた話題は、
「そういえば、あの後、どうなったんですか? 」
「あの後? 」
「あたしが気絶した後の、戦闘の展開は……? 」
「……ああ」
赤木の説明によると、吸血され気を失った三室を基地に運んだ後、戦闘中の青島が偶然、三室がラケットを使用して倒した「カ」につまづき、「カ」の体重が体の大きさに対して異常に軽いことに気づいた。そのことから、「カ」は強い風の中では自由に飛べないと仮定し、作戦を立てた。まず、黄瀬川が防ガスマスクを着用して「カ」を煙で燻し、神社上空に舞い上がらせる。ゼロワン(杉森不在のため赤木が運転)は金属性の細い脚を伸ばして上空で待機。舞い上がってきた「カ」を強風を起こして吹き飛ばし、同じく上空で待機のゼロツーの荷台で受け止めて捕獲、という作戦。作戦は、見事、成功を収めた。そして、基地へ戻り、三室と杉森が眠っているためミーティングは後日ということで、解散したとのことだった。
 説明させておきながら、三室は、話す赤木の横顔を見つめることに一生懸命。
(このまま、ずっとレンさんと、こうしていられたらいいのに……)
 
 光ヶ丘の町内に入ってからは、三室は自宅への道筋のナビを勤めた。…やはり、ひたすら赤木の横顔を見つめながら……。
 「もうすぐ左手にバス停が見えるので、そこを通り過ぎて最初の信号の無い交差点を左に曲がってください」
言ってから、三室は切なくなって、うっかり出そうになった溜息を焦って飲み込んだ。 
(…ああ、もう着いちゃう……)
 左折後の直線の上り坂を300メートルほど行けば、もう、自宅だ。
「あ、そこの団地がそうです」
(……着いちゃった)
 三室のナビに従い、赤木は県H棟脇の道路の左端に車を停め、降りた。
 三室も赤木を追うように少し急ぎ気味に降り、後部座席の三室の自転車を下ろすべく荷台のドアを開けた赤木を、斜め後ろから見つめる。
 前傾の無理な姿勢で、ヨッと声を漏らして自転車を持ち上げる赤木の腕の筋肉の線が、普段より、くっきり浮き出た。 
 (レンさんて、彼女いるのかな……)
もうすぐそこまで迫っている別れの時を前に、三室は、赤木の動作の一つ一つを目に焼き付けるように、愛しく見つめる。
(この腕で守ってもらえる女のコは、いいな……)
 降ろした自転車を三室に渡し、赤木、
「今日1日は、あんまり無理しないほうがいいよ」
言って、三室の、
「本当に、ありがとうございました」
に、優しい笑顔で頷いてから、車に乗り込んだ。
 三室は片手で自転車を支え、息苦しいほどキュウキュウなっている胸を、もう片方の手で押さえながら、見えなくなるまで赤木を見送った。


                *


 自転車を物置に仕舞ってから、三室は県H棟の右端の階段を、4階まで、出来るだけ足音をさせないよう静かに上る。そして、これまた音をたてないよう静かに、自宅玄関のドアを開けた。直後、
(っ! )
三室は固まった。目の前に母が立っていたのだ。不気味なほど静かに、三室を見据える。
 三室から見て右手側、母が立っているすぐ横の、受験生である重松が勉強部屋に使っている3畳間の襖が、ススス……と音も無く開いた。そこから、母に気づかれないよう、そっと重松が顔を覗かせ、母の肩越しに、三室に向けて、ごめん、という形に口を動かし、両の手を合わせる。
 母は大きな溜息を1つ。何か言おうとしたのか口を開きかけた。 
 その時、異臭。三室は片手で鼻と口を覆う。同時、襟首が生温かい風を感じた。振り返ると、そこには、赤い顔をした父がニコニコ笑って立っていた。異臭は酒の臭いだった。
 父、
「ただい…むぅぷっ……! 」
ただいまを最後まで言いきれず、両手で口を押さえる。
 (っ? )
これから何が起ころうとしてるのか、状況はすぐに掴めたが、突然過ぎて動けない三室。
 母が叫ぶ。
「桃佳! 洗面器っ! 」
 「は、はいぃっ! 」
反射的に返事をし、三室は、靴を脱ぐのもそこそこに、左手側奥にある風呂場へと洗面器を取りに走った。




DPL戦闘班スーパーファイブ~ピンクの憂鬱~ (14)


                * 5 *
  

  6時間目終了間際、三室は、調理実習で作ったクッキーの試食をした余りを、自前で用意した、チェック柄のちょっと可愛い紙袋に詰めている。
「三室、彼氏できたのっ? 」
その手元を覗き込み、同じ班で調理実習をしていた女子生徒・鈴木知美が驚きの声を上げた。三室は今まで調理実習で作ったものを持ち帰ったこと(しかも、計画的に可愛い袋まで用意して)などなかったためだ。その声に、
「何? 」
「何、どうしたのっ? 」
同じ班はもちろん、同じ調理室内にいた他の班の生徒まで、興味深げにわらわらと集まってくる。
 三室は、
「ち、違うよ! いつもお世話になってるから、バイト先の人たちに食べてもらおうと思って……」
焦って否定した。
 しかし、その熱さから想像するに、顔は正直に赤くなってしまっていたのだろう、鈴木知美は、
「そっか、バイト先に好きな人が出来たんだ! それで、バイト先の人たち皆にお世話になってるからって理由をつけて食べてもらうのを口実に、その人にも食べてもらおうと……! 」
鋭い突っ込み。
 他の女子生徒が、三室の頭を抱きしめる。
「あーんっ! 可愛いヤツめっ! 」
 と、その時、左手首のブレスが震動した。三室は咄嗟に右手で押さえ、
「ゴメン、ちょっとトイレ! 」
自分を抱きしめていた女子生徒の腕を、すり抜ける。

 調理室を出、トイレの個室に駆け込み、三室、ブレスに向かって、
「通話」
 ピタッと震動が止まり、ブレスの向こうから横山の声。
「『沢地川小学校』校庭に、超地球生物が出現しました。声明文は、『生物である以上、食事は欠かせない。その結果、毒を持つようになることについて、現地球人類にとやかく言われる筋合いは無い。原因は現地球人類の側にあるのである。現地球人類は、自分たちの食生活への影響しか頭に無いのであろうか。海の同胞の中には毒によって命を落とした者も多数存在するのである』。他のメンバーは、たった今、基地を出発しました。 現地へ直行して下さい」
 「了解しました」
三室は短く答えて通信を切り、トイレを出て、一旦、調理室へ向かう。クッキーを詰めるのが途中だったためだ。もう6時間目も終わり、残す日課は清掃と終礼のみ。戦闘終了後、他のスーパーファイブのメンバーと共にそのまま基地に行けるよう、荷物を全て持って行こうと思った。
 調理室には誰もおらず、電気も消され、三室の詰めかけのクッキーと袋だけがポツンと取り残されていた。
 三室は手早くクッキーを詰め、袋のクチをリボンで縛って、それを手に調理室を出て教室へ。自分のカバンを他の生徒に気づかれないよう気をつけて持ち出し、逃げるように校舎を出、駐輪場から自転車に跨り、沢地川小学校を目指す。


                 *


 沢地川小学校へは、ヤオシゲ壱町田支店の建つ通りを道なりに。ヤオシゲの前を通り過ぎた辺りで、住宅街から長閑な田舎の風景へと移る。 爽やかな田舎の風を切って走っていくと、やがて右手に見えてくる沢地大橋。その橋を渡れば三室の自宅のある光ヶ丘だが、今は渡らず、そのまま直進。 
 と、三室が沢地大橋前を横切ったところで、ドーンッドーンッドーンッドーンッ、と、連続4回、地面が突き上げられるように揺れた。
 三室は自転車に乗っていられず、降りる。
 一瞬、間をおいて、再び、ドーンッドーンッドーンッ。
(何? 地震っ? )
辺りを見回す三室。特に変わったところは見うけられない。しかし、直感で、
(違う。これは、きっと……)
断続的にドーンッドーンッの続く歩きづらい中、自転車を押し、沢地川小学校へと急いだ。
(きっと、ナノカ堂の時みたいな、もしかしたら、それよりもっと大きな超地球生物が現れたんだ)

 何とか沢地川小学校校庭に辿り着いた三室は、ガックリと、いっきに力が抜けた。 
 原因は、さっきから続いていたドーンッドーンッの正体。巨大なアサリのような二枚貝が、校庭を、2枚の殻を閉じたり開いたりする格好で低空飛行している。以前テレビで観たことがある、同じ二枚貝であるホタテの泳ぎ方と同じだ。大きさは、ナノカ堂に現れたニホンジカの半分ほど。だが、それは飛行しているのだから、当然、正体ではない。 ドーンッドーンッの正体は、その巨大貝を追いかけている自分たちのロボの足音だったのだ。
(なーんだ……)
  三室が、すっかり脱力して、走り回るロボを眺めてしまっていると、視線の先でロボが足を止め、三室を見た。直後、ブレスが震動する。三室はハッとし、
「通話」
「モモ、早く乗りなさい」
ブレスから聞こえてきたのは黄瀬川の声。
 三室は溜息。
(ああ、また、ボーっとしてるって言われる……)
 ロボの腹部の入口がウインと音を立てて開く。
 生身の跳躍力では到底無理な高さの入口までジャンプするべく、三室は戦闘装備しようとし、周囲の人目を確認して、困った。人目がありすぎる。 小学校の校舎、3階のベランダにビッシリ、高学年と思われる児童と教師が校庭のロボを見守っている。ギャラリーの視線はロボに集中しているように思えるが、誰にも見られていない保障は無い。近くに身を隠せるような場所も見当たらない。これでは戦闘装備できない。
(…どうしよう……)
 その時、三室の目の端に、三室のほうに向かってくる巨大貝が映った。恐怖を感じる暇も無かった。一瞬のうちに間合いを詰めてきた巨大貝の影が三室の上に差す。
 巨大貝は2枚の殻を大きく開いた。
 直後、三室の目の前は真っ暗になった。

DPL戦闘班スーパーファイブ~ピンクの憂鬱~ (15)


                *


「まったく! 平日昼間の小学校に人目があるのは当然でしょっ? 到着前に戦闘装備しておくのが常識じゃないのっ! 」
ミーティング中の司令室に黄瀬川の怒声が響く。
 青島が両手の人指し指で三室を指し、
「またやっちゃったね? 」
茶化す。
 ぶつぶつ言い続ける黄瀬川。
 杉森が、
「まあまあ、モトさん」
宥めた。
 赤木は少し呆れたような顔で三室を見ている。
 三室は、
(…失敗しちゃった……。クッキーなんて食べてもらえる状況じゃないな……)
落ち込み、
「……すみませんでした」
 と、不意に、
(っ? )
柔らかくて温かい、湿った何かが三室の頬を撫でた。三室の視界が一瞬ぼやけ、揺れる。
 数秒の後、再び視界のハッキリした三室の目の前では、黄色いTシャツにサロペットジーンズ姿のコジカのヌイグルミが2本足で立ち、中腰になって三室の顔を覗き込んでいた。
 三室は思い出す。
(そっか、巨大貝が近づいて来て、殻を大きく開いて……。あたし、巨大貝に飲み込まれたんだ、多分……。ここ、どこだろ……? )
 三室は目だけで辺りを見回し、自分のいる場所が、コンクリートの床と壁と天井、鉄製のドア、ドアの小窓と壁の高い位置にある窓には鉄格子、という、実際には入ったことはもちろん、見たこともないが、イメージとして、どこかの牢屋のような場所であると知り、自分は、その冷たい床に転がっているのだと知った。
(今まで、寝てたのかな……? )
半身起き上がり、腕組みをして考える三室。
 「大丈夫? 」
真横から、三室に向けてのものらしい、可愛い子供の声。
 その声に、三室は声のほうを見たが、そこには、さっきから置かれていたコジカのヌイグルミが心配げに三室を見つめているだけ。
(? )
首を傾げる三室。
  繰り返し、
「大丈夫? 」
の声に、三室は見た。声に合わせてコジカのヌイグルミの口が動くのを。
(……っ! )
三室は、座った姿勢のまま、壁ギリギリまで後退った。
(ヌ、ヌイグルミが喋ったっ? )
 ヌイグルミは曲げていた腰を伸ばし、困った表情で、ごく普通に2本の足で三室に歩み寄る。
(動いたっ? …あたし、もしかして まだ寝てる……? ) 
 驚く三室に、ヌイグルミは、やはり困ったように、
「そんなに、びっくりしないで」
 三室は、驚きすぎて出ない声を懸命に絞り出し、
「び、びっくりするよ。ヌイグルミが喋って動いたら、あ、当たり前、でしょっ……? 」
「ぼく、ぬいぐるみじゃないよ」
ヌイグルミは少し脹れて返す。
「ぼくの なまえは、はう」
 「ハウ? 」
聞き返す三室。
 それまで三室がヌイグルミだと思い込んでいた、ハウと名乗ったコジカに近い姿をした動物(? )は頷き、
「ちょうちきゅうせいぶつ ってやつだよ」
 三室は、またまた驚き、
(超地球生物っ? こんなにカワイイのにっ? )
同時に疑問を持った。今、三室がいる場所は、どう考えても牢屋だ。牢屋という名称ではないにしても、粗末な扱いを受けるべき者の居場所であることは、まず間違いない。三室は沢地川小学校で巨大貝の超地球生物に飲み込まれた。そのため今は、新地球人類側に捕らえられているのだと理解できる。こんな場所に閉じこめられるという扱いも当然。しかし何故、新地球人類にとって味方であるはずのハウまで閉じこめられているのだろう? と。それとも、閉じこめられているのではなく、三室を見張っているだけ? だが、それなら、一緒に牢屋の中に入らなくても、ドアの向こうからで充分じゃないだろうか? 
 三室がそう聞くと、ハウは悲しげに力無く、
「とじこめられてるんだよ」
ゆっくり話し始める。
「ぼく、ほんとうは このまえ、ぱぱと いっしょに たたかわなきゃ いけなかったんだ」
「パパ? 」
「おねえさん、このまえ たたかったでしょ? ぼくの ぱぱと。 なのかどう っていう おおきな おみせやさんで」
(ああ、ナノカ堂の時の……)
三室が思い出した様子であるのを確認したように頷いてから、ハウは続けた。
「でも ぼく、たたかいたくなかったから にげちゃった。すぐ つかまっちゃった けどね。それで、『しろいはかせ』におこられて……」
「しろいはかせ? 」
 ハウの説明によれば、しろいはかせ、とは、新地球人類の中で最も権力を握っている人物。つまり、新地球人類は複数の人間から成る集団であり、しろいはかせは三室から見れば敵のボス。また、超地球生物たちを創り出した……正確には、ハウも含めた、もともと地球上にいた生物を、巨大化させたり、本来人間の言葉など喋らないはずのハウが喋るように本来持たないはずの能力を与えたりして、超地球生物に作り変えた科学者でもあるという。
 「そんな権力者……しろいはかせ、の言うことを聞かなかったら、怒られるって思わなかったの? 」
「おもったよ。 ぼく、ちゃんと わかってた。 でも、げんちきゅうじんるいが わるいって どうしても おもえなくて……。 だって、げんちきゅうじんるいたちは げんちきゅうじんるいたちの やりかたで いきてるだけだ。ぼくや ぱぱや ほかの ちきゅうで いきてる いきものと なにも かわらない。 ぼくたちは、しろいはかせや しんちきゅうじんるいたちに、いいように つかわれてる だけじゃないかって おもうんだ」
俯き加減でぽつぽつと、そこまで話した時、ハウの腹がグウッと鳴った。
 ハウは恥ずかしそうに腹を押さえ、
「とじこめられてから なにも たべてないから……」
「それって、何日間くらい? 」
 (…っていうか、今、何月何日? 何時何分……? )
三室は、ブレスで日付を確認しようとしたが、7月14日(水曜日)15時45分。三室が巨大貝に飲み込まれた頃の時刻で止まっている。
(やだ、壊れてるっ? )
三室は青ざめた。ブレスが壊れてしまっていては、戦闘装備して牢屋を強引に壊し、脱出することも、他のスーパーファイブのメンバーや司令室に連絡を取って助けを乞うことも出来ない。これまで、新地球人類側に捕らえられたのだと気づいてからも落ち着いていられたのは、ブレスがあれば何とかなると思っていたからだ。
 三室はパニックに陥りそうになるのを抑え、確かめる。ブレスに向かい、
「通信、司令室」
もう一度、
「通信、司令室! 」
全く反応が無い。通信は諦め、続いて戦闘装備機能を確かめようとした。そこへ、
「おねえさん? 」
ハウから声が掛かる。
 ハウは腹を抑えたまま、心配そうに三室を見上げていた。
 三室はハッとする。こんな小さな子でも他人の心配が出来るのに、自分は、今、自分のことだけしか考えていなかった、と、恥ずかしく思った。ハウはナノカ堂の件の時から閉じこめられていたとなると、少なくとも5日間は何も食べていないことになるのに……。
 三室は深呼吸して心を落ち着け、
「5日も、何も食べてないの? 」
「うん、それくらい かなあ……」
 三室は気の毒になり、ポケットを探る。アメ玉かガムでも入っていないかと思いついたのだ。しかし、いつも何かしら食べ物が入っているポケットなのだが、こんな時に限って、ハンカチとティッシュしか入っていなかった。
 ガッカリした三室だったが、
(あ……)
牢屋の隅に、ひしゃげた自分の自転車が置かれているのが目に留まった。そのカゴの中には、カバンが入ったままだった。
 三室は、すっかり変わり果てた愛車に歩み寄り、曲がってしまっているカゴからカバンを引っぱり出す。カバンを開け、中身を確認すると、学校を出た時そのままだった。
 カバンの中からクッキーの入った紙袋を取り出し、三室、ハウに手(ハウの場合は前足? )渡す。
「これ、よかったら食べて。割れちゃってるかもしれないけど」
 ハウは不思議そうな顔で受け取り、不器用に袋を開けて中を覗いてから、再び顔を上げて、
「これ、なに? いい においがする」
「クッキー。あたしが作ったの」
「くっきー? 」
ハウ、まだ不思議な表情。
「お菓子だよ」
「おかし? 」
ハウはどうやら菓子を知らないようで、キョトンとしている。
「食べ物だよ」
それでやっと理解したらしく、やはり不器用に1枚取り出し、恐る恐る、1口。そして、
「おいしい! こんなの はじめてだ! 」
顔をほころばせる。
 初めて見たその笑顔の、愛らしかったこと。三室は温かな気持ちにさせられた。褒められたこともあり、すっかり気を良くした三室、
「良かった。全部食べていいんだよ」
「うん! 」 
 ハウは、すっかり夢中といった様子でクッキーをほおばった。
 三室は、その様子があまりに可愛かったため、初めのうちは微笑ましく見守っていたが、次第に辛くなってきた。
(本当に、お腹が空いてたんだ……)
理由はどうあれ、こんな小さな子供に食事も与えないで閉じこめていた「しろいはかせ」なる人物に対し、怒りを覚えた。
 やがて、ハウは完食。口を大きく開けて上を向き、袋を逆さにして残りカスまでキレイに平らげてから、満足げな笑顔で腹をさすり、
「やっぱり、げんちきゅうじんるいが わるいなんて ぜったい おもえないよ。 くっきー くれたし」
 三室は堪らず、ハウを抱きしめた。
 腕の中でハウがもがく。
「おねえさん! くるしいよおっ! 」
 「あ、ゴメンねっ! 」
三室は慌てて腕を緩めた。
 その時、
「やはり、ピンクは優しいですね。現地球人類にしておくには、実に惜しい」
ドアの向こうから男性の声。
 声の主はドアを開け、三室とハウの前に姿を現した。白衣を着、その下に白いシャツ・白いズボン・白い革靴と、全身白一色に身を包んだ色白で銀髪、日本人らしい優しく上品な顔立ちの青年。牢屋の中へと歩を進めながら、
「歴代のピンクも、そうでした。そして、その優しさゆえにスーパーファイブを去った」
 三室はハウを背に庇い、身構える。
「あなたは? 」
 青年は、わざとらしく気取った感じで一礼し、
「これは失礼。申し遅れました。私は、ドクターワタナベ。ここの責任者です」
 (責任者? もしかして、ハウの言うところの、しろいはかせ? )
三室はハウに、小声でそう聞いた。
 ハウは頷く。
 三室、つい先程覚えた怒りを込めて、ドクターワタナベを睨み据えた。
「こんな小さい子にゴハンもあげないで閉じこめておくなんて、酷いと思わないの? 」
 三室の言葉に、ドクターワタナベは不敵な笑みを浮かべ、
「果たして、酷いのはどちらでしょうか? 地球は、本来、とても美しい惑星のはずです。その美しさを取り戻すこと、そして、現地球人類以外の地球上の生物との平和共存を目指す我々にこそ、地球は相応しい。地球を手に入れるため、我々が直接、現地球人類に手を下すのは簡単。しかし、これまでの現地球人類の他の地球上の生物に対する仕打ちを考えた時、それでは他の地球生物たちの気が済まないでしょう。我々は、地球生物たちの現地球人類に対する復讐を手助けしているだけなのですが。その様子では、我々の声明文は、きちんと受け取っていただけていないようですね。あの意味を、きちんと理解していただけていれば、我々のことも少しは理解していただけるのではと思うのですが……」
 (声明文の、意味……? )
そんなこと、三室は気にしたこともなかった。三室だけではなく、他のスーパーファイブのメンバーをはじめ、DPL基地の関係者の中で、声明文の意味など、考えたことのある人がいるだろうか? 少なくても、司令室にいるメンバーは、声明文を、超地球生物の出現を新地球人類側がこちらに告知するためのもの、くらいにしか考えていないように思える。 ドクターワタナベの言うとおりだ。 声明文が超地球生物の出現を知らせる合図でしかないのなら、あのような長い文章は必要無い。そこから新地球人類側の考え方を読み取るべきだった。戦う上で敵の考え方や目的を知ることは、とても重要なことであるはずなのに……。それとも、三室が知らないだけで、基地の中には声明文について考察している部署もあるのだろうか? 大体、研究のためと言って超地球生物を捕獲して帰ったりもしているが、そもそも超地球生物とは何なのか、という部分には触れていないように思う。 三室はハウから聞いて初めて、超地球生物が、もともと地球に生息していた生物をドクターワタナベが作り変えたものだと知ったのだ。それとも、三室が知らなかっただけで、そのくらいの研究はとっくに済んでおり、超地球生物が何者かの手によって外見・性質等を変化させられた、もともと地球に生息している生物だということくらい、知っていて当然のことすぎて、誰も教えてくれなかったのだろうか?  いや、そんな他人のことは、どうでもいい。三室自身の意識の問題だ。何故、今まで考えようともしなかったのだろう。学生のバイトとはいえ、それで金を貰っているのに意識が低すぎた、と、反省した。
 と、それまで三室の後ろにいたハウが、突然、ワアッと声を上げながら、三室の陰から飛び出し、ドクターワタナベに向かって突進した。
 「ハウッ? 」
驚く三室。
 ハウは、ドクターワタナベの正面50センチ手前で床を蹴り、ジャンプ。ドクターワタナベの頭部に飛びつき、しがみついて、三室を振り返る。
「おねえさん! いまのうちに にげて! 」
 「…でも……」
三室は躊躇った。これはチャンスだ。司令室や他のスーパーファイブのメンバーと連絡が取れない以上、外部からの助けは望めない。この機を逃せば、次にいつ、またチャンスが来るか分からない。もう、来ないかもしれない。……分かってるのだが、
「ダメだよ。ハウを置いて逃げられるワケないでしょ? 」
真っ直ぐにハウを見つめ、弱く首を横に振った。 
 そんな三室に、ハウ、
「おねがいだから! はやくっ! 」
噛みつくように叫ぶ。
 三室は、ビクッ。ハウの勢いに圧されるようにして、三室の意思とは無関係に、ゆっくりと、足がドアのほうへ、ハウを見つめたままの三室を運ぶ。
 「はやくっ! 」
畳み掛けるハウ。 
 三室は1度ギュッと強く目を瞑って思い切り、ハウとドクターワタナベに背を向け、牢屋を出ようとした。
 直後、背後でドサッという音。
 振り返った三室、
「…………っ!! 」
悲鳴が声にならなかった。
 ハウが床に転がり、ドクターワタナベに足で踏みつけられていたのだ。
 三室はハウのところまで駆け戻りざま、ドクターワタナベに体当たり。ヨロケたドクターワタナベを尻目にハウの前に片膝をつき、
(…あたしのバカッ……! どうして、置いて行こうとしちゃったんだろう! )
グッタリとしているハウを、しっかりと胸に抱きしめ、立ち上がって牢屋を出る。背中で、
「やれやれ……、ちょっとした遊び心で会話を可能にしたら、余計な知恵までついてしまって、困ったものですね」
ドクターワタナベの声を聞いた。

DPL戦闘班スーパーファイブ~ピンクの憂鬱~ (16)

                *

 
 牢屋を出ると、そこは、牢屋と同じく冷たいコンクリートに囲まれた薄暗い廊下だった。三室とハウが入れられていた牢屋のドアと同じドアが、等間隔で壁についている。左手側は、すぐ行き止まりになっているのが見えたため、三室は右手側へ走った。廊下の両側にところどころ取り付けられた赤いランプが点灯し、ジリリリリリ、と、耳をつんざく大音量のベルが鳴り響く。
 三室は腕の中のハウの温かな頬に自分の頬を寄せ、
(ゴメンね。ハウ、ゴメンね……)
泣きそうになりながら心の中で繰り返す。

 ベルが鳴り続ける中、途中で折れ曲がりはしても分かれることなく続く廊下を走っていくと、やがて、眩しい光が見えた。
(出口かもっ? )
三室は力を得、光を目指す。
 と、光の中に、1人の人物が立ちはだかった。逆光で顔は見えないが、そのシルエットから女性であると分かる。
 三室は警戒して立ち止まり、ハウを抱く腕に力を込めた。
 シルエットの女性は腰から剣を抜き、三室目掛けて走って来る。
 距離が縮まり、確認出来た顔に、三室は我が目を疑った。
(桃沢さんっ? )
 そう、シルエットの女性は、元・ヤオシゲ壱町田支店セルフ部サブチーフ、そして、先代・スーパーピンクでもある桃沢里絵だったのだ。 
 動きを妨げないよう長いスリットの入った薄手の白いドレスの上に、美しい装飾を施された牡丹色の胸当と肩当を身に着け、同色のブーツを履いた桃沢は、手にした剣で三室に斬り掛かる。 
 驚きのあまり立ち尽くしてしまっていた三室は、危ないところで後方へ飛び退いて、その切っ先をかわし、祈るような気持ちでブレスに向かい、
「戦闘装備」
 無事、戦闘装備は出来たが、ハウを抱いたままでは思うように身動きがとれない。三室は廊下の隅に、そっとハウを寝かせようとする。 
 その間にも、桃沢は容赦なく三室に向けて剣を振り下ろした。
 三室は片手でダガーを引き抜き、桃沢の剣を受け止める。ガチンと金属音。手が痺れる。歯を食いしばり、片手で桃沢の剣を受け止めた状態のまま、ハウを静かに床に下ろしてから、三室は桃沢に向き直り、立ち上がった。ダガーに、もう片方の手も添え、桃沢の剣を押し返す。
「桃沢さん! あたしですっ! 三室桃佳ですっ! 」
 「うん、分かってる」
桃沢は悲しげな笑みを浮かべた。
「まさか、こんなふうにモモちゃんと戦うことになるなんてね……」
 鍔迫り合いをしながらの会話。腕力に勝る三室が、
「どうして、桃沢さんが ここに? 」
鍔迫り合いを制し、桃沢を突き放す。
「あたし、レンさんから、桃沢さんが先代のピンクだったって聞きました」
 桃沢、
「そう、私は確かに、9日前までスーパーピンクだった」
剣を構え直し、
「私も以前、新地球人類側に捕らえられたことがあってね、その時、新地球人類側の考えに触れて共感したの。スーパーファイブを脱退したのは、現地球人類を、自分の命を賭してまで守ることに疑問を感じたから」
再び三室に斬りかかった。
「でも、ドクターワタナベのためなら死ねる! 」
 三室は桃沢の剣と斬り結び、
「あたしは、桃沢さんと戦いたくないです! 」
悲しくなりながら、剣の向こうの桃沢を見つめる。姉のように慕っていた。つい最近まで、一緒にヤオシゲで働いていたのに、と。
 「ゴメンね、モモちゃん。スーパーファイブのメンバーであるあなたと戦わなかったら、私は、ここにいる意味が無いの」
今度は桃沢が三室を突き放す。
 大きくバランスを崩す三室。
「不思議に思わなかった? どうして、超地球生物による攻撃が1つの町とそのごく周辺の地域に、しかも、日本の中心どころか県の中心とさえ言えない町に集中してるのか……」
言い終わりざま、まだ体勢を立て直していない三室の胸を目掛けて襲い掛かる桃沢の剣。
「答えは、そこにスーパーファイブがいるから! 」
 三室は横転。間一髪で桃沢の攻撃をかわした。
 「私は新地球人類になったの。地球に悪影響しか及ぼさない現地球人類たちを滅ぼして、美しい地球を取り戻し、人類以外の他の生物たちとも仲良く平和に暮らしていくことを目指してる。そのためには、スーパーファイブがとても邪魔なの! 地球生物たちの現地球人類に対する復讐をサポートしがてら、まず、スーパーファイブを潰す。それが、今の私たちの、とりあえずの目標。だから、私は立場上、モモちゃんと戦わないわけにはいかないの! 許してっ! 」
 次々と繰り出される剣をダガーでさばきつつ、三室は何とか体勢を立て直す。
(戦いたくない! )
三室の脳裏に、桃沢と一緒に働いていた時の映像が、優しく懐かしく蘇っていた。涙が溢れる。三室は桃沢の剣をガッチリ受け止め、押し返しながら、
「桃沢さんとは、戦えないっ! 」
涙声で叫び、さんざん押し返した後、おそらく桃沢にとっては突然、フッと力を抜いた。 
 力の均衡が乱れ、前のめりに崩れる桃沢。
 その一瞬をついて三室は桃沢の懐に潜り、
「桃沢さん、ゴメンなさい! 」
肘で、みぞおちを突く。 
 力無く崩れる桃沢を、三室は抱きとめ、その場に静かに横たえて、
「…ゴメンなさい……」
ポツリと呟いた。

DPL戦闘班スーパーファイブ~ピンクの憂鬱~ (17)


                 *


 ハウを抱き上げた三室が再び目指した光は、出口……と言えば言えなくもないものだった。三室が今までいた、その場所は、地上50メートルはありそうな塔の最上階だったのだ。「出口」から外に出てみると、そこには薄い鉄板の狭い通路と三室の胸までの高さの細い手摺。通路を、とりあえず右手側へ進むと、グルリと1周回って、また同じ場所へ戻ってしまっただけ。安全に下に下りられそうな階段などはついていなかった。しかし、再び塔内に戻って下に下りられる階段を探すのは危険過ぎる、と、三室は覚悟を決め、
(絶対、大丈夫! )
ハウをしっかりと抱き直し、眼下を見据えた。角度は違うが知っている景色。ヤオシゲ壱町田支店から、そう遠くない。沢地川小学校も田舎だが、そこから更に山奥に入った所に在る工業団地の近くだ。
 まさか飛び下りるとは考えていないのだろう。今のところ塔の下に敵らしい姿は無い。下りられれば逃げられる。三室、
「飛び下りるから、しっかり目を瞑ってて」
 ハウは、腕の中で小さく頷いた。
 三室は手摺を跳び越え、宙に身を躍らせる。グングン近づく地面。空中でバランスをとり、着地時には膝を曲げて衝撃を和らげ、無事、着地成功。……だが、ホッとしてハウを見、
「ハウっ? 」
青ざめる。シカの顔色の基準など知らなくとも、飛び下りる前とは明らかに顔色が違うと感じ取れた。着地の衝撃が、もともと弱っていたハウの体には、少なからず影響を与えてしまったのだ。
 ハウの体の様子を敏感に感じ取るため、三室は戦闘装備を解除する。目を閉じ、か細く頼りない呼吸を繰り返すハウの頬に頬を寄せてみると、冷たかった。
(…さっきは温かかったのに……)
 三室は走った。
「ハウ、もう少しだから頑張って……! 」
ハウの体に、これ以上の負担をかけないよう気を配りつつ、出来るだけ急いで基地に向かう。基地に行き、ハウは超地球生物だが敵ではないと説明した上で、三室が一生懸命頼めば、きっと医療室の人がハウを救ってくれると考えたのだ。
「…頑張って……。お願い、頑張って……」
繰り返し繰り返し、何度も何度も、祈りを込めて呟く。
 「…おねえ、さん……」
腕の中から、三室は小さな小さな声を聞き取り、走りながら見れば、ハウが薄っすらと目を開けていた。
「もう、はしら、なくて、いい、よ……」
 その言葉に、三室は足を止め、
「ゴメン、辛かった? 」
 ハウは微かに首を横に振り、潤んだ目で三室を見つめる。
「ぼくの ために、はしらないで……。ぼくは もう……」
 砂時計の砂が上から下へと流れ落ちるかの如く目に見えて零れ落ちていく命を止められずに、三室は、ただ、
「ハウ、そんなこと言わないで……。お願い、頑張って……。…頑張って……。…頑張って、よ……」
繰り返した。
 ハウ、
「たすけて くれようとしたのに、ごめんね……。もう がんばれないよ……。ごめんね……」
途切れ途切れ、消え入るように、
「…くっきー、おいしかった。ありがとう……。…やさしく してくれて」
しかし、懸命に言葉を紡ぎ、
「ありがとう……」
最期は幸せそうな笑みを見せ、その表情のまま目を閉じた。
 「…ハウ……! 」
三室の叫びも祈りも、もう、ハウには届かない。分かっていても、三室は僅かに残されたハウの温もりを感じたくて、ハウを抱きしめ、その頬に自分の頬を寄せる。
 直後、ハウの体は霧のようになって風に散った。
 「ハウ……! 」
既に見えなくなったその姿を追って、三室は空を仰ぎ、その場にガクンと膝をついた。
(…あたしのせいだ……! )
地面に両手のひらをつき、俯いて、三室は唇を噛む。
(あたしが、ハウを死なせてしまった……! )
自分の判断ミスだと思えた。もしも一瞬でもハウを置いて行こうとしたりしなければ、もしも塔から飛び下りずに塔内に戻って階段を探して下りることを選択していれば、と、強く自分を責めた。


 

DPL戦闘班スーパーファイブ~ピンクの憂鬱~ (18)


                 *


 両の手のひらを地面に押し付けたまま、時間だけが過ぎていく。
(分からない……)
悲しみとも怒りとも、何とも表現し難い1つの疑問が三室の胸にあった。
(どうして、ハウみたいな小さな子供が死ななきゃいけなかったの……? )
当然、直接の原因が三室自らの判断ミスにあったことは分かっている。が、この疑問は そうではない。ハウの死という悲しい結末を招いた大本は何だったのか、ということだ。三室は1つ1つ丁寧に振り返り、原因を探る。先ず、ハウが命を落とした直接の原因。これは、三室の判断ミス。しかし、塔からの脱出を最優先に考えれば、最善の策だったと言えないだろうか。責任を棚上げす気も言い逃れをするつもりも無いが、もし、塔からの脱出方法として、塔内に戻り階段を探して下りることを選択していたら、「出口」で桃沢に会ったように、途中で何度も何人もの新地球人類と出くわし、敵である三室はもちろん、裏切り者であるハウも、塔から出ることすら叶わずに命を落としていたのではないか。次に、ハウが食事も与えられずに牢屋に閉じ込められることとなった原因。これは、ハウの考え方と行動にある。ハウがドクターワタナベに逆らい、逃げたためだ。だが、もしも三室が新地球人類側に捕らえられるなどというヘマをしなければ、そして、ハウと同じ牢屋に入れられなければ、ハウは、牢屋に閉じこめられる原因となった事柄以上のドクターワタナベに対する裏切り行為を重ねずに済み、そのうちには許されて食事も与えられ、生き長らえたのだろうか。そもそも、どういった経緯でハウは超地球生物になったのか。ハウはシカだ。失礼な言い方かもしれないが、自分の頭で現地球人類に対する復讐を考え その手段として自分から新地球人類の下へいくほどの知能があるとは考えにくい。子供であるハウのこと、ナノカ堂で会った彼の父親に連れられ 父親と共に、というのも考えられなくもないが、知能が高くないと思えるのは父親も同じこと。それはまた、他の超地球生物にしても同じことだ。ただ、ハウに限って言えば、超地球生物になって以降、それだけの知能は確実に持っていたのだが、当のハウは、復讐など望んでいなかった。ならば、何故? やはりハウが感じていたように、超地球生物は新地球人類に利用されているだけなのか。もともとは現地球人類に対して恨みや憎しみの気持ちなどなく、その素直さ純粋さ故に新地球人類にとって都合のよい大義名分を植えつけられ、戦わされているのか。新地球人類側から送られてきた三室が知る限りの声明文の意味を考えてみると、「カ」についてはちょっと分からないが、ウシとニワトリの時は、狂牛病や鳥インフルエンザが見つかった際に、その個体を治療するのではなくすぐに殺してしまうことを非難。ダイズの時には、遺伝子組み換えのダイズを創りだしたのは現地球人類であるにもかかわらず、現在、遺伝子組み換えのダイズを嫌う風潮があることへの批判。ニホンジカの時は、そこに繁殖に適した環境があるため繁殖したシカに対して、農作物への食害を理由に適正生息数などを勝手に決めてしまう傲慢さを非難。巨大貝の時は、声明文とその外見から、現地球人類が食用にしている種類の二枚貝であると仮定して、貝毒を持つようになる原因は現地球人類にあることを棚に上げ自分たちが食するのに困るからと問題として取り上げ騒ぐことへの批判。……どれも筋は通っているが、現地球人類とその他の地球生物の間の問題であり 新地球人類には関係が無い上に、自分たち現地球人類のしたことは、自分たちの生活を守るために仕方のないこと。確かに、他の地球生物たちともう少し上手くやっていく方法があるのではとの反省もあるし、現地球人類の中には、一部、自然環境について極端に意識の低い不届き者が存在するのも確かだ。しかし今、スーパーファイブの母体であるDPLカンパニーもそうだが、現地球人類の中で、自然環境について考え努力する動きは既に広がり、定着してきている。ドクターワタナベは、新地球人類は現地球人類以外の地球生物との平和共存を目指していると言うが、三室の目から見て、とてもそうは思えない。生まれたままの自然な姿を奪い、復讐という尤もらしい理由をつけて戦わせ無駄に傷つけておいて、何が平和共存だ。本当に平和共存を望み、現地球人類によるほかの地球生物への仕打ちを悪とするのなら、地球を手に入れるため自分たちが現地球人類に直接手を下すほうが簡単と言うのなら、地球生物を守る観点から、手っ取り早くそうするべきだったはずだ。新地球人類が地球を欲しがった理由は? せっかくの美しい星だから、現地球人類に任せておいては、どんどん醜い星に変わっていくと考え、自分たちの物にしてその美しさを保ち暮らしたいと思ったのか? 本気でそう考えているのだとすれば、それはそれで新地球人類なりの正義だ。三室は現地球人類のやっていることを仕方のないことだと思う。だが、新地球人類のやっていることも それが彼らの正義だと言うのなら 仕方のないことと言える。大体、新地球人類はどこから来たのだろう? 何者なのだろう? 桃沢は、新地球人類になったのだと言った。もとは現地球人類だ。なりたいという気持ちだけで現地球人類が新地球人類になれるものなのか? ドクターワタナベにしても、服装こそ個性的だが、現地球人類と何ら変わるところの無い普通の人間に見える。特にどこかから来たのではなく、共通の考え方を持つ人間が集まった団体なのだろうか?  ……結論から言えば、ハウの死を招いた大本は、現地球人類と新地球人類の戦い。どちらが悪いというわけではない。どちらにも正義はある。可哀想なのは、間に挟まれた弱者だ。 ……やめられないのだろうか? 現地球人類とて、地球を醜い星にしたいわけではない。新地球人類が攻撃をやめてくれさえすれば、戦わずに済む。スーパーファイブは現地球人類を守るために応戦しているだけなのだから。戦いはやめ、現地球人類も新地球人類も、他の地球生物たちも、皆が仲良く平和に幸せに暮らすことはできないのだろうか? この世に生きとし生けるもの全て、命より本当に尊いものなど無いはずだ。誰もが不当に命を奪われることなく幸せに暮らすこと、それが、何より大切なのではないのか。だが、そのためにはどうしたらよいのか、方法が見当たらない。スーパーファイブが応戦をやめただけでは、当然、戦いは終わらない。現地球人類を守らなくてはならないのだから、必ず、代わって誰かが立ち上がる。
 ポツン……。首筋に冷たいものを感じ、
(……? )
三室は顔を上げた。いつの間にか空は曇り、次から次へと冷たい雫が頬を打つ。
(さっきまで、晴れてたのに……)
 ゆっくりと立ち上がり、三室は歩き出す。向かう先は変わらず、DPL基地。横山に、返す物がある。

DPL戦闘班スーパーファイブ~ピンクの憂鬱~ (19)


                *


 「モトさんが、そんなに冷たい人だと思わなかったです! 」
雨でずぶ濡れの三室がDPL司令室の前まで来ると、珍しく荒げた赤木の声。
「もう、丸1日経ってるんですよっ? こうしてる間にも、モモちゃんがどんな目に遭わされてるか、考えないんですかっ……!? 」
 それを黄瀬川、
「考えてるわよ! 」
苛立たしげな声で遮ってから、一転、落ち着いた声で、
「でも、レンはまだ寝てないと……」
 それを今度は、
「もういいですっ! 」
赤木の声が遮った。
 ガタンッと、何か硬い物が倒れるような音。続いて、
「レンッ! 」
黄瀬川の声。
 直後、ドアが開き、頭に包帯を巻いた赤木が出てきた。
 赤木は三室の姿を認めると、一瞬目を円くしてピタッと足を止め、右手で三室の左腕を掴み、引き寄せる。
 (……! )
突然のことで 三室はバランスを崩し、赤木の胸に倒れこんだ。
 赤木は、ギュッと三室を抱きしめ、
「モモちゃん! 」
 (レンさんっ? )
三室の心臓は、もう、口から飛び出しそう。
 「…よかった! 無事で、よかった……! 」
掠れ気味の赤木の声、微かに湿布の香りのする胸の温もり。 
 普段の会話さえ緊張する赤木の腕の中だというのに、三室は少しずつ落ち着いてきた。
(…あったかい……)
 赤木の「モモちゃん」との言葉を聞きつけたのか、司令室から、青島・杉森・黄瀬川がドドドッと雪崩れ出て来た。
 三室、その勢いに圧倒され、赤木の胸から身を起こしながら、
「あ…あの、ご心配をおかけして……」
 「ホントよね」
黄瀬川は突き刺すように言ってから、
「でも」
ふっと優しく笑み、
「無事でよかったわ」
 青島・杉森も柔らかで穏やかな笑みを浮かべている。
 皆が心配してくれていたのだと感じ、皆の心配など全く考えていなかった三室は、心から申し訳なく思った。
「本当に、すみませんでした」
 「あ……」
赤木が小さく声を上げ、鼻の頭を掻きながら、露骨に三室から視線を逸らす。
 三室が、
(……? )
ワケが分からずキョトンとしてしまっていると、青島が両手を自分の口元のあて、わざとらしい女のコ口調で、
「ヤダー、レンくんたら、どこ見てるのぉ? 」
 赤くなり、背を丸めて後ろを向いてしまう赤木。
 黄瀬川が大きく溜息をついて司令室に入って行き、少しもしないうちに大判のバスタオルを手に再び廊下へ出てき、
「ブラが透けて見えてるわよ。濡れたままボサッとしてないで」
バスタオルを三室に投げてよこした。
「これでも被りなさい」
 言われて初めて、三室は自分の体を見下ろし、雨でピタッとくっついた制服からブラジャーが透けて見えていると気づき、慌てて、バスタオルでピッチリ自分の体を包む。
「あ、ありがとうございますっっっ! 」
そして、恥ずかしさを ごまかすためと、純粋にさっきから気になっていたため、
「……あの、……ところで、レンさんの その包帯は……? 」
赤木の巻いている包帯について聞いた。
 青島、
「ああ、これかい? 」
親指で赤木を指し、からかい口調で答える。
「こいつ、モモちゃんが超地球ガイに飲み込まれた時、真っ青になってロボから降りて、カイに飛びかかって、こじ開けようとしたんだ。で、その結果 振り落とされて頭を打ったってワケ」
 (ええっ? )
三室、赤木の怪我が自分のせいだったと知り、うろたえて、
「そうなんですかっ? ゴメンなさい! 」
後ろを向いたままの赤木の前方に回り、その顔を見上げた。
 笑顔を作って 赤木、
「いいって」
それから表情に影を落とし、
「…結局助けられなくて、オレのほうこそゴメン……」
 三室は急いで首を横に振る。
「……そんな!」
 青島、ますます面白がり、
「オレ、あんな思いつめたレンの顔、初めて見たよ。もちろん、オレやスギさんやモトちゃんも追いつめられてたけど、それとは、ちょっと違うよなあ? 」
言って、赤木の首に腕を絡め、ニヤニヤ。顔を覗きこんだ。
「え? どうなんだい? レ・ン・く・ん? 」
 赤木、耳まで真っ赤になりながら、
「や、やめて下さいよ……! 」
 その反応に、三室も、
(…え? それって……? )
自分の顔が赤くなったのを感じた。しかし、そんな浮いた感情は一瞬だけ。すぐにハウのことを思い出し、意識的に沈む。自分だけが生き延び、軽い話をすることが、ハウに対して申し訳ないことに感じたのだ。 三室、軽く息を吸って吐き、
「中に、横山さんいますか? 」
他の4人にとっては、おそらく唐突に言う。
 黄瀬川は、
「いらっしゃるけど……? 」
ワケが分からないといった様子。
 三室、
「ありがとうございます」
と 返してから、司令室内へ。続く4人が不思議そうに顔を見合わせているのを背中で感じつつ、いつものように正面の机にドッシリと構えている横山の前まで真っ直ぐ進み、
「ご心配をおかけして、すみませんでした」
挨拶。
 横山は、
「いいえ。無事で何よりです」
貫禄たっぷりに返した。
 三室は左手首からブレスを外し、
「横山さん」
机の上に そっと置く。
「これ、お返しします」
ハウを失い、雨の中、再び基地に向かうべく立ち上がった時には、既に決めていたことだった。
 「モモちゃんっ! 」
 「モモッ? 」
背後から驚きの声。
 自分はもう、超地球生物とは戦えない。本当の敵は新地球人類であっても、自分が直接戦わなければならないのは超地球生物。無理だ。超地球生物が巻き込まれて戦わされているだけだと感じてしまってなお、どう戦えと言うのか? 足手まといになるだけだ。自分は所詮、バイト。バイトを辞めたくなくてスーパーファイブの一員になった。バイト先は、また探せばいい。就職に多少不利になっても仕方が無い。自分が辞めても、きっとすぐに新しいピンクが加わり、現地球人類を守ってくれる。720円の時給プラス1回の出動につき3000円の手当。常に心の葛藤に苦しんでまで続ける価値は無い。
「もう、決めたことですから」
迷いは無い。三室は真っ直ぐに横山を見る。
 横山、
「分かりました」
腕を伸ばし、机の上のピンクのブレスを手に取る。
「それが何を意味するか、分かっていますね? 」
 「はい」
強い決意で頷く三室。
 横山は静かに頷き、
「そうですか。今まで、ご苦労様でしたね」
 「お世話になりました」
三室は横山に頭を下げてから、ドアの方向へと体の向きを変え、そこに立っていた赤木・青島・杉森・黄瀬川にも、深々と頭を下げた。
「今まで、ありがとうございました」
 無言で三室に道を空けた4人。その視線が、はっきりと三室との別れを惜しんでいる。
 初めの頃は、人間関係が上手くいかなかった。が、今はこうして別れを惜しんでくれている。三室の心に温かなものが溢れ、少しの寂しさが残った。もっと、彼らと一緒にいたいと思った。
(でも、もう、どうしても戦えないから……)

 三室は司令室を出、更衣室のロッカーに置きっ放しにしてあった私物を整理して、ヤオシゲを出た。





 

DPL戦闘班スーパーファイブ~ピンクの憂鬱~ (20)


             * 6 *


 まだ、アスファルトからの照り返しは感じられない。頭上からの強い太陽光線をのみを浴びながら、三室は、通学には自転車を使用しない重松から借りている自転車を、特に急ぐことなく走らせる。朝の爽やかさが残る午前中の道。両側を畑に挟まれた、車がほとんど通らない田舎の道を、学校から、自宅とは逆方向へ。
 今日は、1学期の終業式だった。クラスメイトの鈴木知美が欠席したため、学校の配布物を届ける役目を引き受けていた。鈴木知美と仲の良い他の生徒が、皆、部活やらバイトやらで忙しいと断ったため、担任の教師が、部活もバイトも無い暇な三室に、逆方向で申し訳ないけれど、と声を掛けてきたのを引き受けたのだった。
 スーパーファイブを脱退してから今日までの8日間、スーパーファイブの活躍を耳にする度、正体不明の胸の苦しさに襲われながらも、三室の時間は穏やかに、ゆっくりと流れた。スーパーピンクとして戦っていたことが、三室には、随分昔のことのように感じられていた。それ以上に、スーパーピンクとして随分長いこと過ごしてきたような気がしている。三室がスーパーファイブを辞めてから今までの期間と、スーパーピンクだった期間は、日数的には、それほど変わらない。忙しく過ごしていても暇に過ごしていても、どちらにしても時間が長く感じるなど、 
(…何か、不思議……)

 両側の風景が変わり、左手が住宅地、右手が人工的に作られた貯水池。鈴木知美の家は、三室がいる地点から見て、丁度、貯水池の対岸にある。三室は、緑がかった茶色に濁った貯水池の水面を目の端に映しながら、のんびりと自転車を漕ぎ続ける。
 と、右手側から、ゴボッ。低く大きな音。
(ゴボッ……? )
三室は自転車に乗ったまま、何の気なく音の方向を見た。道路から2メートルは下だったはずの水面が、道路ギリギリの高さまで上がってきている。
(? )
直後、水面が大きく盛り上がったかと思うと、ザバーッ!
(! )
水しぶきを上げながら現れた。
(! ! ! )
明らかに爬虫類の風貌をした巨大な頭部と、それに続く長い首。
 三室は驚いて急ブレーキ。
(恐竜っ? )
 数秒間、自分の上に雨のように降り注いだ池の汚い水にも反応できないくらい驚いた三室。 しかし、すぐに首を横に強く振って自分の考えを否定。 恐竜など、いるはずがない。
(あれは……)
三室の視線の先、爬虫類は、池を囲うガードレールを押し潰しながら、その頭を重たそうに道路の上にのせた。そして、大きく平たい前足も水から出し、同じくのせる。同時、水面から甲羅のようなものが一部、覗いた。
(…甲羅……。カメの、超地球生物)
全身は見えていないが、大きめの自家用車ほどの大きさの頭部と、それを平らに延ばしたような大きさの前足から、また、見えている部分の甲羅の輪郭をたどることで、全体の大きさは想像がつく。……大きい。
(…どうしよう……)
三室は困った。もちろん、カメをどうしよう、と考えているわけではない。イチ女子高生に過ぎない三室に、どうにかできるワケがない。カメは、今に スーパーファイブがやってきて、どうにかしてくれる。三室が考えているのは、これからの自分の行動について。鈴木知美の家に行くためには、カメの目の前を横切らなくてはならない。今のところはジッとそこにいるだけのカメだが、多分、目の前を横切るなど、少しの刺激でもしないほうがいいように思う。鈴木知美宅への他の道は知らない。どこか離れた場所でスーパーファイブがどうにかしてくれるのを待つか、急ぎの配布物ではないので 今日はやめておくか……。
(でも、まあ、とにかく……)
どちらにしても、ここから離れよう、と、とりあえずの結論を出し、自転車ごと回れ右をしようとした三室の目に、三室の位置から見てカメの頭より向こう、カメの斜め前方5メートルほどの距離、民家の塀に寄りかかるようにしてカメを見、固まる30代前半くらいの女性と、その女性と手をつないだ 女性の子供らしい3歳くらいの男の子が留まった。
 あ、あの人たち危ないかも……。三室がそう思った瞬間、突然、何を思ったか、男の子が女性の手を振りきり、カメへと向かって駆け出した。
 カメの視線が男の子に向けられたのが、三室には分かった。
(危ない! )
心臓が痛くなるくらい心が強く叫んだと同時、三室の体は、三室の意識に断りも無く勝手に動いた。自転車に飛び乗り、男の子目掛けて全力疾走。男の子まで1メートルのところで自転車を捨て、男の子に飛びつき、抱え上げて、もともと三室がいたのとは反対方向へと走り出す。 
 男の子を抱えて走りながら、三室がチラリと後ろを振り返ると、カメは、首を伸ばして、顔だけで三室に迫ってきていた。あと50センチで届いてしまう。
 カメが、ガバッと大きな口を開いた。
(……! )
思わず男の子を抱く手に力を込め、身を硬くする三室。
 その時、三室の目の前を青い影が掠め、三室の腕から男の子を強引にさらって行った。戦闘装備した姿の青島だった。 
(キンさん……)
 男の子を抱えた青島は、一旦、男の子の母らしい女性のもとへ。男の子を片腕に移し、もう片方の腕で女性を抱き上げると、女性が立っていた後ろに位置していた民家をいっきに飛び越え、姿を消した。
 鮮やかな動きに、つい見惚れ、
(…来てくれた……! )
母子らしい2人の安全が確保されたことで、三室は自分の身に寸前まで迫っている危険も忘れ、ホッとしてしまう。
 直後、
(っ? )
体がフワッと宙に浮き、三室は思い出して青ざめる。自分に迫っていたカメの存在を。
 恐る恐る、自分が宙に浮いている原因を確認する三室。確認して、
(レンさん…… )
再び、少しホッとする。戦闘装備した赤木が、背面から、いつかと同じように三室を抱き上げていたのだった。
 三室に頷いて見せ、駆け出す赤木。
 予想以上によく伸びるカメの首が、三室を抱えた赤木を追ってくる。
「レン! 」
聞き覚えのある女性の呼び声。呼び声のした、三室と赤木の真正面数メートル先に、先の2人と同じく戦闘装備した杉森と黄瀬川が、いかにもどこかの幼稚園で遊具として使われていた物を借りてきました、といった感じの水色でペイントされたドラム缶を横にし、それぞれ、ドラム缶の両端を片側ずつ持って立っていた。 
(スギさん、モトさん……)
 杉森と黄瀬川は、せーの、と、1度、後方に大きくドラム缶を振って勢いをつけ、三室と赤木のほうへ転がす。
 赤木はタイミングを計ってジャンプ。ドラム缶をかわし、杉森と黄瀬川のもとまで行ってから、三室を腕から下ろした。
 母子を抱えて民家の向こうに消えていた青島も、ほぼ同時に合流。
 三室はカメを振り返る。カメは、ドラム缶を口にくわえて元の位置まで首を引っ込め、大人しくなっていた。
 と、背後で大きな溜息。 
 見れば、そこには、三室に対して斜に構えて腕組みをした黄瀬川。呆れた、といった調子で、
「まったく、無茶よね」
 三室、まだ助けてもらった礼を言ってないことに気づき、
「あ、あの、助けていただいて、ありがとうござ……」
言おうとしたのを、黄瀬川が、ズイッと三室の目の前に何かを突きつけて遮る。
 近すぎて三室は、
(? )
一瞬、何だか分からなかった。それは、ピンク色の腕時計。スーパーブレスだった。
「結局、あんたは縁があるのよね」
三室にブレスを突きつけたままの状態で言う黄瀬川。
 黄瀬川の言わんとすることが全く理解できないでいる三室。
 黄瀬川、少しイラついた様子で強引に三室の左腕を自分のほうへと掴み寄せ、
「ほら、ボサッとしてないで」
手早く三室の左手首にブレスをつけた。
「さっさと戦闘装備なさい」
 当然、
「…でも……」
途惑う三室。自分は、既にスーパーファイブを脱退している。戦闘装備なんて、と。しかし、
「いいから、早くしなさい! 」
久々に聞く黄瀬川の怒鳴り声に圧されるようにして、それでも、きちんと周囲に視線が無いことは確認してから、戦闘装備。
 黄瀬川は、それを見届けたように軽く頷いてから、三室・赤木・青島・杉森を見回し、
「超地球ガメがドラム缶に気を取られてる今のうちに、麻酔で眠ってもらいましょう」
 黄瀬川の言葉に、三室は、もう一度、カメに目をやる。
(あ……)
頭を時折、横に小さく振りながらドラム缶をくわえるカメの、潤んだ目。三室には泣いているように映り、グッと胸が詰まった。
「助けて……」
と、カメの、小さな小さな声を聞いた気がした。
(あたし、何 考えてたんだろ……)
超地球生物が巻き込まれて戦わされているだけだと感じてしまっている今、確かに、超地球生物と戦うのは辛い。戦いたくない。これ以上、傷つけたくない。
(でも……ううん! だからこそ、やらなくちゃ! )
巻き込まれて戦わされているだけと感じた自分でなければ出来ないことがある。今まで、自分は逃げていた。自分の望みはハッキリしている。……現地球人類と新地球人類の戦いを終わらせ、誰もが不当に命を奪われることなく幸せに暮らせる世の中にしたい。だが、そのために動こうとしなかった。それは、間違いなく逃げだ。自分の力がとてもちっぽけで、望みのほうは気が遠くなるくらいに大きいことくらい、分かってる。けれど、自分が動かなければ何も始まらないし、終わらない。自分1人の力は小さくても、動くことで、それが周りの人にも伝わっていって、いつかきっと、大きな大きな力になる。今の時点では、超地球生物が巻き込まれて戦わされているだけと感じることが出来た自分だけが、超地球生物を解放してあげられる可能性を持っている。
「スーパーファイブを脱退することで、少なくても自分は超地球生物と戦わずにすむ」
なんて、自分さえよければいいなんて、ダメだ。それは結局、自分のためにさえならない。脱退後、スーパーファイブの活躍を耳にする度に感じた胸の苦しさの正体は、きっと、これだったのだ。自分のため、超地球生物のため、現地球人類も新地球人類も含めた、この地球で暮らす皆のため、そして、ハウのためにも……。超地球生物から、戦いから、遠いところにいては、なかなか難しい。自分は戦いの中に身を置いて、望みを叶えるために戦う。辛いからこそ、今は、戦わなければならない。自分は、もう、スーパーファイブではないけれど、何らかの形で戦っていこう!
 三室は決意を込めて黄瀬川に視線を戻し、その指示を待った。
 専用扉が遠いとの理由から、青島がブレスでゼロツーを呼んだ。その荷台から出した麻酔銃5丁を、それぞれが1丁ずつ手に、カメの死角である斜め後ろに回り、腕に自信のある青島が一番遠く、次に黄瀬川・赤木・杉森・三室の順に、互いの邪魔にならないよう間隔を空けて陣取る。
 甲羅に隠れておらず、しかも、突然大きく動いたとしても比較的動きが小さいと思われる首の付け根と前足の付け根のうち、自分の位置から狙いやすいほうに、それぞれが照準を合わせた。
「5! 」
カメの注意を引かないようにと、黄瀬川によるブレスを介した小声のカウントダウンが始まる。
「4! 3! 2! 1! 発射! 」
「ゴメンね」
小さく呟きながら、三室は引き金を引いた。
 5発全てが、ほぼ同時に命中。カメは、痙攣でも起こしたように、1度、ビクンと鼻先を空へと突き上げて首を伸ばしきった。ドラム缶が、ガシャンガランゴロンと道路に転がる。続いて、伸びきったままのカメの首が、力なく道路に落ちた。
(ゴメンね……)
三室の胸が、キュウッと痛んだ。

 既に呼んであったゼロツーと新たに呼んだゼロワン・ゼロスリーを、一旦、ロボに変形・合体させ、麻酔で眠っているカメを池から引き上げ、確かにゼロツーの荷台では運べない大きさであることを確認して、目覚めても動けないよう、以前ニホンジカを縛ったものと同じロープで、甲羅をグルグル巻き、口が開かないよう鼻先もグルグル巻きにして、作戦終了。
「通信、司令室」
黄瀬川は横山に作戦終了の旨を伝え、通信を切ってから、
「モモ」
三室に向き直った。
 いつもよりかなり低めのトーンに、三室、ちょっとビクッとしてしまいながら、
「は、はいっ? 」
 黄瀬川、小さく息を吐き、少しの間をおいて、
「…私はね……」
重々しく切り出す。
「あんたが、スーパーファイブに、とても向いてるって、思ってるのよ」
 その言葉に三室は、
(っ? )
驚き、そして、耳を疑った。何故なら、今のその言葉の中で、黄瀬川はハッキリと、自分を認めてくれた。マスクで顔が見えない。声は確かに黄瀬川のものだが、自分の目の前にいるスーパーイエローは、本当に、
「モトさん? 」
なのだろうか、とさえ思ってしまう。
 黄瀬川は、三室からスッと顔を背け、
「辞める理由を、あんた、一言も口にしなかったから、全然 納得いかなかったのよ。新地球人類に捕まってる間に、とても怖い思いでもして、それで懲りてしまって、もう戦えないとでも言うなら仕方ないけど、今、あんたは、スーパースーツを着てもいないくせに子供を助けようとしたじゃない? 怖い思いをして懲りた人のすることじゃないわよね? 納得いかないわ。人を助けたいなら、キチンとスーパースーツを着て、バイト代ももらってやったらいいじゃないの。まったく、危なっかしくて見てられないわよ」
 三室の肩に、ポン、と杉森の手がのる。
「モモちゃん、モトさんね、君が考え直して戻ってくるかも知れないから脱退の件は暫く保留にしておいてほしいって、横山さんに頼んだんだよ。 ピンク不在の間は自分が2人分頑張るから、って」
 さっき、三室が男の子を助けようとしたのは、完全に無意識でのことで、正直、動き出してしまってから、自分で驚いた。三室自身でさえ知らなかった、三室の心の中のそんな部分を、黄瀬川は見抜いていたということだろうか。そして、そんな部分こそが、黄瀬川が三室をスーパーファイブにとても向いていると考える理由なのだろうか。他に、思い当たらない。どの部分が、なのかは定かではないが、黄瀬川が自分を認めてくれたことに照れ、、また、杉森から聞かされた、黄瀬川の、横山への「ピンク不在の間は自分が2人分頑張る」との発言に恐縮し、三室は俯いた。
 黄瀬川、
「別に、私の勝手な思い込みだから、違うのなら、別にいいんだけど……」
投げやりな口調で、
「どうなの? 戻ってくるの? 」
 黄瀬川の視線が再び真っ直ぐ自分に注がれているのを感じながら、三室は顔を上げた。
「はい」
黄瀬川が自分を買ってくれたことに見合うほどの働きが、これから出来るかどうかは分からない。また迷惑をかけて怒られることばかりかも知れないが、たった今、三室は決意したばかりだ。辛いからと言って超地球生物のことから目を背けるのではなく、辛いから 戦うのだと。そして、同じ戦い、望みを叶えるため動くのであれば、スーパーファイブの一員であるほうが何かと都合が良く、近道なのではとも思えた。少しばつの悪さを感じながらも、
「また、お世話になります」
 はっきり言いきった三室に、黄瀬川の発する空気がフッと柔らかくなった。
「そう。分かったわ」
 杉森の、心のこもった、
「お帰り、モモちゃん」
 続いて青島、からかうように、
「ヨッ、出戻り娘! 」
(何か、ちょっと言葉の意味が違うんじゃ……? )
三室は、マスクで見えないことは分かっているが、あいまいな笑顔を作って返した。と、赤木と目が合ったように思い、赤木のほうを向く。
 赤木は、小さく頷いた。
 三室には、赤木がマスクの奥で優しく笑んだのが、何となく分かった。
(…あったかい……)
温かく迎えられ、三室は、ここが自分の居場所であると感じた。この居場所が、1日でも早く、その存在する意味を失うことが、三室の望みではあるけれど……。
 黄瀬川が一同を見回し、
「さ、基地に戻って、ミーティングよ」




                                                                             * 終 *

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Author:獅兜舞桂
獅兜座(しっとざ)座長・獅兜舞桂(しっとまいけー)です。
よろしくお願いします。

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