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ママパン表紙(タイトルあり)
※画像素材として、
 キャラクターなんとか機様にてキャラクターを作らせていただきました。
 ニコニ・コモンズ様より、
 azyazya様・hiropon様・つのがわ様・キャベツ鉢様・
 シュガ様・漫博堂様(順不同)
 の作品をお借りいたしました。
 ありがとうございます <(_ _)>♡
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ママのパンケーキが食べたいので、私、もとの世界へ帰ります!(1)


 彼の放ったピンク色の閃光弾に、
「ピゲァァァァ! 」
「ピゲァァァァ! 」
「ピゲァァァァ! 」
「ピゲァァァァ! 」
「ピゲァァァァ! 」
ドラゴンと言うよりは大きなトカゲであるプリドラゴン(LV20)5体が、叫び声を上げてパソコン画面上から消える。
 LV298である彼にとっては、かなりレベルの低い魔物(モンスター)。
 通常ならば近づいても来ないが、現在、ゲーム内の時間が夕方で、もう辺りが暗くなり始めているため、魔物は夜になると凶暴になるという設定上、襲ってきたのだ。
「プリドラゴン(LV20)を倒しました」
「プリドラゴン(LV20)を倒しました」
「プリドラゴン(LV20)を倒しました」
「プリドラゴン(LV20)を倒しました」
「プリドラゴン(LV20)を倒しました」
「経験値を200pt獲得しました」
「経験値を200pt獲得しました」
「経験値を200pt獲得しました」
「経験値を200pt獲得しました」
「経験値を200pt獲得しました」
「ドロップアイテム・プリドラゴンの皮を獲得しました」
「ドロップアイテム・プリドラゴンの皮を獲得しました」
「ドロップアイテム・プリドラゴンの皮を獲得しました」
「ドロップアイテム・プリドラゴンの皮を獲得しました」
「ドロップアイテム・プリドラゴンの皮を獲得しました」
「2Sを獲得しました」
「2Sを獲得しました」
「2Sを獲得しました」
「2Sを獲得しました」
「2Sを獲得しました」
と、画面右側を下から上へと流れていく文字列を何となく視界に、彼、洋瀬硫黄(ようせ いおう)は大きく息を吐きつつ椅子の背もたれに上体を預ける。
 瞬間、鼻孔が甘い匂いを捉えた。パンケーキの匂いだ。
 今は、日曜日の午後3時ちょっと過ぎ。
(今日のオヤツはパンケーキか……)
 学校が休みである土・日は、いつも、母がオヤツを手作りしてくれる。ちなみに昨日は焼きイモだった。
 母のパンケーキは絶品で……と言っても、市販のホットケーキミックスを使い、トッピングも、バターとメープルシロップだけなのだが、これが何故か美味い。ふんわり厚みがあり、口に入れると、癒される素朴な甘みがある。硫黄も母の留守中に同じホットケーキミックスを用いて作ってみたことがあるが、ああはいかない。あんなに厚くならないし、味も匂いも母のもののほうが強く感じる。
 このところ反抗期なのか常にムスッとしている2歳下で中学3年生の妹・燐(りん)も、母のパンケーキを口にした時だけは表情が少し緩む。
(コーヒーの匂いもしてきたし、そろそろかな? )
 おそらく、あと5分以内に、母が1階のダイニングから、「オヤツでーす」と呼ぶ。
(…今なら、キリがいいし……)
 2時間半ほど前に昼食で休憩をとったばかりなのだが、昨晩からの徹夜のせいか、疲れやすくなっているようだ。
 徹夜の理由は、本日めでたく正式サービス開始3周年を迎えたMMORPG・スウィーツフェアリーファンタジー。略してSFF。
 そのSFFが、3周年を記念して、昨日の夜9時から今日の夜9時まで、経験値10倍イベントを行っているため。
 硫黄は背もたれに寄り掛かったまま、両腕を上げて伸びをひとつ。
 呼ばれる前に行けば、母は喜ぶ。硫黄と燐を喜ばせたくて作っているので、「匂いにつられて待ちきれなくて来た」という感じは喜ぶ。そういうものだ。よその母親は知らないが、少なくても硫黄の母は、そう。「イオくん大好きっ! 」を全面に表す、実の息子から見ても、時々ウザイがカワイイタイプの母なのだ。
 そんな母を、硫黄だって喜ばせたいし、日常的に機会がある度にそうしている。せっかく方法が簡単なのだから。……簡単? 一般的な思春期男子には難しいかも知れないが、硫黄には簡単。「ママの作ったゴハン、美味しいよ! 」「いつもありがとう! 」それを言葉や態度で表す。それだけ。
 ダイニングへ行くべく、硫黄は立ち上がった。
 途端、視界がグワンと大きく揺れた。
 転倒防止のため、咄嗟に机に掴まり、しゃがむ硫黄。
 揺れていて気持ち悪いので、一旦、両目を閉じ、深呼吸を繰り返す。
(…よっぽど疲れてるんだな……。せっかくの10倍だけど、オヤツ食べたら少し寝ようか……)
 その時、シュルル……シュルルル……。
 そこそこ滑りの良い物を床の上で引きずった時のような微かな音が、右? 違う、左? 前かな? あれ? 後ろ……? どこからかは特定出来ないが、かなり近い距離から聞こえ、
(? )
硫黄は目を開けた。
 すると目の前に、
(っ!? )
薄暗くて、よくは見えないが、チロチロと動く、青色をしていると思われる細長いスプリットタン!
 至近距離から硫黄を覗き込む、硫黄の顔と変わらない大きさの爬虫類顔の口に吸い込まれていっては、出て来、また吸い込まれていっては、また出て来……シュルルという音は、その音だった。
 体が大きくて2足歩行なことを除けば、ものすごくリアルにトカゲ。何だか生臭い臭いもするが、臭い以外の特徴全てが、まさにSFFに出てくる魔物・プリドラゴン。
 1歩、後退る硫黄。トン、と何かにぶつかる。
 振り返ると、そこにもプリドラゴン。見れば右にも左にも。
 囲まれている。
 正面のプリドラゴンが、硫黄の退がった分だけ間合いを詰めてきた。
 はっきりと感じられる敵意。いや、そんな甘いものじゃない。これは殺意か?
(…どうしよう……って言うか、何なんだ? コレ? )
 オレは自宅の自分の部屋にいたはずなのに、ここは、どう見ても外、森の中……。真っ昼間だったはずなのに、なんか周り暗いし……。パンケーキとコーヒーの匂いがしてきたからオヤツだと呼ばれる前に行ってママを喜ばせてやろうと思って立ち上がったら目眩がして……。と、そこまで考えて、硫黄は気づく。
(そうか! 夢か! )
 転倒防止にしゃがんで、疲れていたから、そのまま眠ってしまったのだ、と。
 刹那、正面のプリドラゴンの前足が、硫黄に向けてシャッと動いた。
(危なっ! )
 避けたつもりだったが、
(痛っ……! )
その爪は硫黄の腕を掠った。血が、パタパタと地面に落ちる。
(…痛い……? 夢じゃ、ない……? オレ、死ぬ……? )
 物理的にでなく目の前が真っ暗になる硫黄。
 それを、物理的な灯りが照らした。
 正面のプリドラゴンの向こうに、光の強さの度合いから明らかに人工の物である小さな灯りを見つけたのだ。
(何とか、あそこまで逃げれないかな? そうしたら、もしかしたら人がいて、助けてもらえるかも知れないし……)
 だが、遠い。距離感が掴めないが、多分、遠い。こんなふうに囲まれてしまっている今、あそこまで行ける気が、全くしない。
 再び真っ暗な闇に押し包まれた硫黄の頭の中? 心の奥? いや、もっともっと遠く、優しく暖かな光に包まれて、テーブルの上のパンケーキとコーヒーが浮かぶ。
 ついさっきまで、当たり前だった。簡単に手に取れる場所にあった。
(…どうして……? )
 理不尽さに、無性に腹が立ってきた。
(どうして、こんなことに? )
 視界の端で、左側のプリドラゴンの右前足が自分に向かってくるのが見え、届く寸前、腹立ち紛れに左手の甲でバシッと払いのける硫黄。
 一瞬、胸元がポウッと明るくなった気がした。
 直後、胸の前に、てっぺんにハートを模りリボンと宝石で飾られたピンクと白を基調としたステッキが現れた。
(…これは……)
 SFFで硫黄が使用している魔法のステッキだ。
 硫黄は完全にヤケクソでステッキを右手に取り、高々と掲げて叫ぶ。
「マジカルヘビーQ(キュー)ハートシャワー!!! 」
 叫びに応え、ステッキの先端からモクモクとピンク色の煙のようなものが大量に出て来、硫黄の頭上、硫黄を中心に半径50センチから2メートルの範囲にドーナツ型の雲を作った。
 そしてその雲からの、ピンク色でハート型などと可愛いナリをしながら実は硬くて重い塊の、集中豪雨!
(……本当に出来たっ! )
 降り注ぐハート型はプリドラゴンたちを貫き、切り裂き、それでも威力を落とすことなくドカドカと音を立てて地面にめり込む。画面越しに外側からでなく、中心に立って直に見ると、こんななのか……と、硫黄は、自分の放った術の迫力に呆然とする。
 しかし、呆然となったのは迫力のせいだけではない。
(…出来た、けど……。何だ? コレ? 何なんだっ? コレ!? )
 足元に出来た血溜まり。散らばる肉片。独特の臭いを帯び漂う生ぬるい空気……。
 耳に残る、断末魔の叫び声……。
 何とも後味が悪い。
 プリドラゴンの姿かたちも魔法のステッキも自分の使った魔法も、「仮にSFFを実写化したらこんなふうだろう」といった感じだったが、今のこの有り様だけは、絶対に違う。
 SFFに、こんな表現は無かった。魔物を倒したら、魔物の姿は跡形もなく消えて、代わりにシャボン玉みたいなキラキラが出、地面にはドロップアイテムが転がるだけだった。
(…夢じゃないなら、ホント、何なんだコレ……? …何も、殺すことはなかったのに……。逃げられさえすれば、それでよかった……)
 手に握っていたステッキが消え、再び一瞬だけ胸元がポウッと明るく光る。

 硫黄は、プリドラゴンの死骸を出来るだけ踏まないように越え、小さな人工の灯りを足早に目指す。
 急がなければ、また襲われるかも知れない。そうなったら、また殺してしまうかも知れない。だって、自分も死ぬかも知れないのに、そんな、上手に手加減する余裕なんて無い。もう二度と、こんな思いはしたくない、と思った。
 建物の中なら、外よりは襲われる確率は低いと思った。関わらなければ殺さずに済む、と。
 魔物は怖い。けれども、実際に戦ってみる前とは、少し違った意味になっていた。自分の持てる力を知って、硫黄は、魔物よりもよっぽど、自分自身が恐ろしかった。
(…アイツら……プリドラゴン……。結構カワイイ顔、してたんだよな……)

ママのパンケーキが食べたいので、私、もとの世界へ帰ります!(2)


 硫黄の目指した人工の小さな灯りは、とても近かった。多分、30メートルくらい。
 村の入口の門柱に取り付けられているランプの灯りだった。木の葉越しだった上にランプそのものが小さかったため、遠くにあるように見えたのだ。
(…ここって……)
 その門に、硫黄は見覚えがあった。門扉の無い木製の門。
 1歩、足を踏み入れて、
(……カヌレ村(ビレッジ)? )
 「カヌレ村」とは、SFFに出てくる村の名前。
 まだ森の中のように薄暗くはなっていない門の内側。
 門から見て最も奥に建つ村長宅だけが洋風の木造2階建て、他は、同じく洋風木造だが平屋建ての民家が数軒あるだけの、小さな集落。商店と呼べるような商店は一切無く、唯一、SFFをプレイする上で必須なアイテムである「四次元バッグ」というプリドラゴンの皮を材料とした特殊なカバンを作る職人が、看板を出している。
 大きく西に傾いた太陽に赤く照らされながら、その、四次元バッグ、と書かれた可動式の立て看板を仕舞うべく、1人の男性が外へ出て来た。ココアのような赤茶色い長髪に青い目、鼻の下と顎に髭を蓄え、髪と同じ赤茶色の作業着に身を包んだゴツイ体型の男性。SFFに出てきた四次元バッグ職人のNPCに似ている。
 プリドラゴンだって、カヌレ村付近に出現する魔物だ。
 本当に、カヌレ村そっくり。ただし、仮にSFFを実写化した場合。
(ここは、どこなんだろ……? )
 建物は洋風だが、四次元バッグの立て看板は、「四次元バッグ」以外の細かい文字に至るまで全て日本語だった。
(日本……? うちから、どのくらいの距離なのかな……? )
 なんか、不思議な場所に来ちゃったな……と心の中で呟くが、硫黄は、すぐに自分で否定。
(いや、場所は別に不思議でも何でもないか……。プリドラゴンだって、結局、ただデカいだけで、トカゲだし……)
 不思議なのは、自宅にいたはずが、ちょっと目を瞑った間に場所を移動してしまったことと、魔法を使えた硫黄自身だ。
 人がいるのを見つけて、硫黄はホッとしていた。
(ちょっと、あの人に聞いてみようかな……。欧米人っぽい外見だけど、日本語通じるよな? あの人が今、持ち上げてる看板、日本語だし)
 ここがどこなのか? 帰るための交通手段のことなども含めて聞いてみようと、職人に声を掛けようとする硫黄。
 だが一瞬早く、
「エスリンさん? 」
左方向から、少し距離のある声が掛かった。
 条件反射で声のほうを向いてから、硫黄はハッとする。
(エスリンって……)
 その視線の先に立っていたのは、カヌレ村村長のNPCに似た、濃褐色のキッチリ折り目のついたパンツに白のワイシャツと黒のベストを合わせた服装の、小柄な初老の男性。
 「エスリン」は、SFFで硫黄が使用している名前。硫黄の元素記号「S」から取った。「リン」に特に意味は無い。別に「ピョン」でも「ニャン」でもよかった。たまたま妹の名前と一緒だが、それは全く関係無い。
 その時、
(…へ……? )
男性の背後にある民家の、灯りのついていない窓ガラスに映っている自分の姿が、目に留まる。
 肩までの長さのゆるふわウェーブのピンク色の髪に、黒目がちの大きな目の美少女。全身までは映っていないが、映っている範囲の全体的に華奢な体には、中央にピンクのハート型の宝石のついた赤いリボンが胸元に飾られた、ピンクのフリフリした半袖を纏い、細い腕には肘の上までの長さの白い手袋を着用している。視線を下に移して映っていない部分を自分の目で直接確認してみれば、ピンクの半袖は腿までの長さのミニスカートのワンピースで、10センチほどの絶対領域より下には、白のブーツを履いている。
(…この、姿は……! エスリン……っ! )
 そう、ちゃんとした鏡ではないので色については全て何となくではあるものの、硫黄は、SFF内での自分のアバター・魔法少女エスリンの姿をしていた。
(…そっか……。だから、エスリンって呼ばれたんだ……。いつからオレ、この姿をしてたんだろ? )
 さっき、プリドラゴン相手に魔法を使う前、胸元が光ってステッキが現れた。ステッキは普段、ワンピースの胸の飾りの状態で、必要な時にだけステッキに変形するのだが、その時には既にエスリンの姿をしていたのだろうか? きっとそうだ、と硫黄は思い、
(どうして、今まで気づかなかったんだろう? 髪の先端や手足くらいは視界に入ってたはずなのに……)
 それからハッとして、これまで無意識に開いていた脚を、大急ぎで行儀よく閉じた。
 初老の男性は、にこやかに笑いながら硫黄に歩み寄ってくる。
(あれっ? )
 更なる疑問を持つ硫黄。
(…この人……。今のオレのこの姿と、エスリンって名前が結びついてた……)
 脳裏に、ある可能性が浮かび、それは、すぐさま確信へと変わった。
(ってことは、ここって、SFFの中……っ? )
 硫黄は青ざめる。
(俺、家に帰れるのかな……? )
 夢ではないと気付いた時にはプリドラゴンに囲まれていたりして、もう自分は死ぬのだと絶望したが、プリドラゴンから逃げることが出来て、人と会えて、帰れるかどうかなど考えもしなかった。ここがどこなのか分からず、もしかしたら少し時間がかかるかも知れないとは思ったが、当然帰れるものだと思い込んでいた。
「エスリンさん」
 硫黄のすぐ前まで来て足を止めた初老男性は、
「先日は、孫娘のアプリコットを救っていただき、ありがとうございました」
深々と頭を下げる。
 帰れるのかどうかで頭がいっぱいの硫黄。
 その反応を薄いと感じたのか、
「エスリンさん。当カヌレ村村長のラム。ダークラムでございます。先日は、孫娘の……」
と、自己紹介も付け加えて、初老男性・ラムは繰り返した。
(…カヌレ村の村長、ラムさん……。やっぱり、ここはSFFの中なんだ……)
 ラムの孫娘・アプリコットを先日救った、という話も、実際の硫黄のプレイと一致している。パンケーキの匂いに気付いて休憩にしようと立ち上がる前、硫黄は、新規追加されたばかりのクエスト「眠れる森の少女アプリコットを救え! 」を終え、カヌレ村内にいるラムから報酬を受け取った後、町や村の中では回復魔法以外の魔法は使えないことになっているため空間移動呪文「テレポ」を使うべく村の外に出て、たまたま襲い掛かってきたプリドラゴン5体を倒したところだったのだ。
 先日、ということになっているのは、SFF内の時間はゲームの外の世界……本来、硫黄がいるはずの世界の100倍の速度で進むので、例えば外の世界で15分しか経っていなくても、SFF内では丸1日以上経過していることになるためだ。
 心の中ではラムの言葉に敏感に反応している硫黄だったが、表面的には、やはりどうしても薄かったのだろう、
「エスリンさん? 」
ラムは訝しげに硫黄の顔を覗き込む動作をした。かと思うと、突然ビクッと体を緊張させ、視線をハッキリと硫黄の顔から腕へと移して、出し抜けに、
「エスリンさんっ! 」
大声。
 これには、さすがに硫黄のほうもビクッとし、
「はっはいっ? 」
濃くしっかりと反応。
「お怪我をされているではないですかっ! 」
 続けられた大声で、最初の大声が、それまで角度的に見えにくかったらしい硫黄の怪我に、近づいてみて初めて気付いたためのものであると知った。
 硫黄は、なんだ、と小さく息を吐く。
(ビックリした……。なんか怒らせたのかと思った……)
 その血で白い手袋を汚すほどの怪我だが、窓ガラスに映っているのを見れば、光の加減か分かりづらい。確かにこれは、遠くからでは気付かないかも知れない。



 怪我の手当てをしてくれると言うラムの後について、村の中を、門から見て奥のほうへと歩く硫黄。
 ラムは、明日の天気のことなど当たり障りの無い話をしながら歩き、時折、硫黄を気遣って振り返る。
(…NPCと、普通に人間相手みたいに関われるとか……)
 NPCは通常、決まった台詞を一方的に喋るだけ。今も、硫黄が相槌程度にしか返さないため、ラムがほぼ一方的に喋っているが、その相槌と、キチンと会話が成立している。移動も、基本的にはしない。例えばラムであれば、常に村長の家の書斎にいるし、四次元バッグ職人の男性だって、いつでも作業場で作業中。中には移動をするNPCもいるが、それだって、決まった数カ所を決まった法則で行ったり来たりするだけ。こんな、今のラムのように、プレイヤーの状態を受けた動きをすることなど無い。
(まるで、意思を持ってるみたいだな……。本当に、普通に人間みたい……って言うか、人間なのか。少なくてもSFF内では、外からプレイしていた時には、そう感じ取れなかっただけで、NPCは、SFFの中で普通に生活してる人間なんだ……。いや、SFFの設定上は妖精(フェアリー)か……)
 ラムの自宅に到着し、硫黄は、リビングに通されソファを勧められて腰掛ける。
「もう出血は止まっているので、傷薬を塗るだけにしておきますね」
 言って、ラムは、部屋の隅の棚から持って来た木製の箱を開け、SFFにもアイテムとして登場する物と同じと思われる青い瓶を取り出し、ピンセットでつまんだ脱脂綿を瓶の中の液体に浸してから、硫黄の傷にチョンと当てた。
 瞬間、
「っ! 」
酷く沁みた。
 目をギュッと閉じ、全身に力を入れて身を屈め小さくなって耐えていると、
「おお……」
ラムが感心したような声を上げる。
(? )
 沁みたのは数秒で治まったので、硫黄は大きく息を吐きながら力を抜き、目を開けた。
 ラムは驚いた表情で、硫黄の怪我をしたほうの腕を、至近距離から凝視していた。
 ラム、
「さすがは人間族(ヒューマン)! 薬を塗るだけで、傷が跡形も無く消えてしまうのですね! 」
 言われて、見れば、傷は完全に消えていた。ただ、外見だけらしい。傷ひとつなくツルンとモチッとした少女の白い肌には戻っているが、痛みは、全くそのまま。
(…何だか、色々と違うな……)
 外からプレイしていた時には、アバターのエスリンが魔物の攻撃を受けてステータスバーに「傷」の表示が出ても、エスリンの体に傷らしきものは無かった。ただ、「傷」表示が出た場合は、傷薬か怪我治療呪文「トリートメン」を使うか、あるいは教会で治療してもらって、「傷」表示を消さなければ、傷を負った際に削られたHPに応じて一定の時間の経過毎にHPが減っていくため、放置できなかった。ただそれだけのことだった。だが、今、SFF内にいると、怪我をすれば痛いし血も出るし、傷薬はやたら沁みるし、傷薬を使って傷が消えても、傷のあった場所は痛いまま。
 外から見ている時より、内で見て感じているほうが、怪我以外のことでも、全てにおいてリアルで……。
(…そうじゃない……。「違う」んじゃなくて、きっと、外からじゃ、「見えなかった」「感じられなかった」だけなんだ……)
 たった今、ラムは硫黄を「人間族」と呼んだが、その呼び方は初めて聞いた。しかし、それだって、おそらくNPCの間では普段から使われている言葉。硫黄たちプレイヤーは皆、自分たちのことを「プレイヤー」と呼ぶが、そもそもNPCは通常、プレイヤーと接するのに、ほぼ1対1なため、プレイヤーをひとまとめにする呼び名を使う機会が無いのだ。
 他にも、会話の手段。SFFにおける会話は、NPCとのものもプレイヤー同士のものも、全てテキストによるやりとり。だが、SFF内に入って以降、まだラムとしか会話していないため、他とも同じように耳で聞いて口で返す会話が成立するのか分からないが、音声による会話をしている。
 ところで……と、そこまでで、硫黄の思考は一旦停止。すぐに再開。
(どうでもいいことだけど……。いや、どうでもよくなんてないか……)
 会話について考えていたことから浮かんできた疑問。
(つけっぱなしになってるオレのパソコンに、エスリンとして動いてる今のオレは映ってる? ラムさんとの会話は、テキストで表示されてる? )
 これは、SFFの外とコンタクトを取れる可能性の問題。
 大体、硫黄には、ついさっきまでパソコンの外、SFFの外にあった自分の体が、現在、どうなっているのかが分からない。意識だけがSFFの中に入って、体は転倒防止にしゃがんだまま、あるいは、その場で床に倒れて、意識の無い状態になってしまっているのか、それとも、体ごとSFFの中に入っているのか。
 前者ならば、誰かにその抜け殻の体が見つかる前に急いで帰らなければ大騒ぎになるし、後者でも、遅くとも夕食の時間までに帰らなければ、母が心配して大騒ぎする。
(…とにかく、早く帰らないと……)


                          *


(…月……)
 2階の各部屋ごとに分けられた小さなバルコニーに立ち、硫黄は夜空を見上げた。心地よい風が、髪を洗う。
(SFFの中でも、月って出るんだな……。知らなかった……)
 硫黄は、ラムの家に泊めてもらっていた。
 もう夕方だし、カヌレ村は森に囲まれている。夜の森は危険だから、と、怪我の治療後、ラムから、泊っていくよう勧められたのだ。
 SFFの外の世界に帰るために、この先、自分がどうすべきなのか全く分からず、むやみやたらに動いても意味が無い上に、外に出れば、おそらく、また魔物に襲われて、身を守るために殺してしまうが、SFFの設定上、町や村の中には魔物が現れないため、村から出なければ、そのようなことにはならない。
 安全な場所で、静かにキチンと考えてから行動するために、硫黄は、有難く、その申し出を受けたのだった。
 硫黄が泊まると聞いて、アプリコットは、とても喜んだ。
 硫黄が既に外から済ませていた、新規追加されたばかりのアプリコットの登場するクエスト名は「眠れる森の『少女』アプリコットを救え! 」。確かに画面上で見る分には、幼さは残るものの少女であったアプリコットだが、中に入って目の前で見てみると、完全に幼女。
 幼女にとって、魔法少女は憧れの存在。それが自分の家にお泊りするとあっては、はしゃがないワケが無い。
 夕食を共にし、一緒に入浴した後、ベッドに入った彼女の求めで、枕元でSFFでの自分の冒険譚を語り……癒された。
 アプリコットも喜んでいたが、その明るい笑顔に、優しい温もりに、硫黄のほうも癒された。
 しかし、それは一時的。その瞬間だけの夢。アプリコットが眠りに就いたことを確認後、彼女の寝室を出て、自分の寝室として貸してもらっていた2階の部屋へと移動した時には、すっかり覚めて、夕方の森の中でのプリドラゴンたちの断末魔が、足元に出来た血溜まりが、散らばる肉片が、よみがえってきた。
 忘れられない。頭から離れない。この先、帰るために動くにあたって、どんなに頑張って避けても、きっと何度かは、また、こんな思いをするのだろうと思うと、気が重い。
 いっそこのままカヌレ村から出ずに、SFF内で一生過ごしていいかも知れない。……外の世界は大騒ぎになるだろうけど、そんなのはすぐに治まるだろうし……。……そんな考えが頭を過ぎる。
 その時、
「ピゲァァァァ! 」
森のほうから甲高い声。
(…この声は……)
 プリドラゴンの声。プリドラゴンの断末魔。
 声は1体分だったり数体分同時だったり微妙にズレたりしながら断続的に続き、硫黄は両の手で両耳を塞いだ。
 誰か、おそらくプレイヤーが、プリドラゴンを狩っている。夜は魔物が凶暴になる……裏を返せば、魔物の出現率が上がって、レベル上げをするのに都合がよいのだ。しかも、今は経験値10倍中。皆、いつも以上に張り切っているはずだ。
 耳を塞いでも聞こえ続ける断末魔。独特の臭いまで、風に運ばれてやって来る。森の中の惨状が目に浮かぶ。もう、血溜まりどころか辺り一面血の海で……。
 硫黄はクラクラしてきた。吐き気もする。
(…ダメだ……)
 大きく息を吐きつつ、バルコニーの手摺にもたれ俯く。
(こんな所で暮らせるワケがない……)
 そこへ、
「エスリンさん? 」
 右隣の部屋のバルコニーから、ラムの声が掛かる。
「眠れないのですか? 」
 顔を上げれば、ラムが気遣うようにこちらを窺っていた。
「ラムさん……」
 硫黄は、ラムさんに相談してみようか、と考えた。村長という立場の人だし、ゲームでもプレイヤーに重要なこと……元々は四次元バッグの入手法を伝える役、アプリコットのクエストが追加されてからはクエストマスターの役まで担っているような人物なのだから、聞けば何か分かるかも、と。
「実は私、ラムさんたちの暮らす、このSFFの世界の中に入ってしまったんです。それで、帰りたいんですけど、帰り方が分からなくて……」
 硫黄の言葉に、ラムはキョトン。
 硫黄は、ラムのその反応に、そう言えば、と思う。
(オレは、ここをSFFの中だって決めつけてたけど……)
 まずは、そこから確認しなければ、と、言葉を重ねる。
「ここは、SFFの世界、ですよね? 」
 返してラム、まだワケが分からないといった様子で、
「確かに、ここはSFFの中ですが……。『入ってしまった』とは? 望んでこちらに来られたのではないのですか? 『帰り方』など、ただ、来た道を辿って戻ればよいだけなのでは? 」
 ああ、そうか……! と、硫黄は気づいた。
(ラムさんには、そもそもSFFがゲームじゃないから……って言うか、オレにとっても既にゲームじゃないけど……)
 SFFをゲームとしてとらえていない以上、これ以上何を聞いても分からないかな? と思いつつ、硫黄、出来るだけ分かり易い言葉を選び、
「私たち人間族は、ここ、SFFの世界へ来るのに、普通は自分の分身を作って分身だけを来させて、自分は、普段自分の暮らしている世界にいながら、分身を遠隔操作してるんです。それが、どうしたワケか、自分自身が、突然、分身がSFFの世界へ来るのに通常踏む手順さえ踏まずに、それまで分身のいたはずの場所に来てしまっていて……。体ごと分身と入れ替わりでもしたのか、体だけはちゃんと本来自分のいるはずの世界にあって、意識だけが分身と重なっているのか、状態は分からないんですけど……」
「…そう、ですか……。それは、お困りですね……」
 その口先だけのような返しが、ああ、伝わってないな、と感じた。話を信じる信じない以前に、呑み込めていない、と。
(まあ、当然だよな。仕方ない……)
 だが、硫黄が本当に困っているのだということは感じ取れたようで、
「すみません。私ではお役に立てそうもございません」
申し訳なさげに、
「マカロンタウンのベリー姉妹をご存知ですよね? SFFの案内役である彼女たちなら、もしかしたら……」
 「マカロンタウン」とは、ゲームとしてのSFFのをプレイする時の、最初の町。「ベリー姉妹」とは、そこに住む中学生くらいの双子で、チュートリアルに付き合ってくれるNPC。
(…ベリー姉妹か……! そうだな、相談に乗ってもらえるかも! )
 力を得、硫黄は、申し訳なさそうに控えめに硫黄を見つめるラムに、
「ありがとうございます、ラムさん! 朝になったら、早速、行ってみます! 」
 



 

ママのパンケーキが食べたいので、私、もとの世界へ帰ります!(3)

 森の小鳥のさえずりが聞こえる。早朝の冷たい空気が、寝不足の、微妙に熱を帯びた頬に心地よい。
「お姉ちゃん、また来てね! 」
 ラムと共に村の入口の門まで見送りに出てくれたアプリコットが、その大きな両の目を潤ませて、硫黄を見上げる。
 硫黄は腰を屈めて彼女と目の高さを合わせ、
「うん、また来るよ」
意識して優しく優しく言い、彼女が頷くのを確認してから頷き返して身を起こした。
「お気をつけて」
 アプリコットの隣でラムが右手を差し出す。
「色々と、お世話になりました」
 硫黄はその手を、硫黄の出発に間に合うようにとラムが急いで洗濯し乾かしてくれ真っ白に戻った手袋の手で、握り返した。
 本当に、世話になった。
 泊めてくれて手袋を洗濯してくれただけではない。
 今後のことで悩んでいたら相談に乗ってくれ、彼自身「私ではお役に立てそうもございません」と言うなりに、とりあえず次に行くべき道を示してくれた。金は持っているが四次元バッグの中身がほとんど空であると知ると、商店の無いカヌレ村では貴重であるはずの回復系の薬を中心とする様々なアイテムを持たせてくれ、昼食用にと弁当まで用意してくれた。
 名残りを惜しむ視線から、外からゲームとしてプレイしていた時には感じ取れなかった、ラムの情の深さを感じる。
 硫黄は一度、握った手に力を込め、深々とお辞儀をしてから手を放し、背を向けて、村の外へと歩き出した。


 一晩中続いたプリドラゴンの断末魔の叫び。それから察するに、村の外、森の中は……。
 覚悟をして門を出た硫黄だったが、行けども行けども、プリドラゴンの死骸どころか血の一滴も見当たらず、そのまま森を抜けた。
 森を抜けてから目的地・マカロンタウンへは、ひたすら平坦な一本道。しかし、距離が長い。
 テレポを使えれば一瞬で着く。だが、躊躇われた。
 外側からゲームとしてプレイしていたものを、内側で現実として生きている今、このSFFの世界は、現実ならば当たり前のことで溢れている。例えば、ゲーム内では決められた動きしかせず決まったことしか喋らないNPCが、現実を生きる存在となった時、まだ、カヌレ村の人々としか接していないが、決められた言動など、そもそも存在していないかのように、自らの意思を持って話し、動き、感情が表情や声色に表れる。例えば、出血を伴うほどの傷を跡形もなく消してしまうような強力な傷薬が酷く沁みる。例えば、これは極力思い出したくないが、魔物を倒せば血が流れ、その死骸が転がる。
 いざカヌレ村を出発する時に、ダメもとでテレポを試してみようとした瞬間、テレポの「現実ならば当たり前」が頭を過ぎり、怖くなったのだ。常識的に「そんなことは不可能。使えない」で済めばよいのだが、昨日、実際に攻撃魔法は使えているし、使えるものとして、しかし、以前何かで読んだことのある、某有名猫型ロボットのアニメに登場するひみつ道具・どこでもドアを実現するための、その仕組みは、ドアを入った後、一度、体を分子レベルまでバラバラにして、ドアから出る時に再構築するというものだった。それが、どの程度信用出来る文章なのかは分からないが、それも信用出来るものとして、失敗して死ぬことになったら……? ゲームとしてプレイしていた時であれば、死んでも最寄りの教会で生き返るだけだが、死んだら死んだままなのが、現実ならば当たり前。気軽に試せるものではない。
 ……そのような理由から、テレポは使わず、長い距離を徒歩で進む硫黄。
 もっとも、長い距離、と言っても、初めてSFFをプレイする初心者にとって最初の町となるマカロンタウンと、プレイする上で必須である四次元バッグを手に入れるために2番目に必ず訪れるカヌレ村を結ぶ一本道。まだ当然テレポなど覚えていない彼らが歩きで行くのが普通な道のりなので、それを長いと言ってしまうのは、テレポでの移動に慣れて普段歩かない者の、ただの愚痴だ。朝に出発すれば、夕方には余裕で到着する。



 陽が高く昇り、時計が無いため腹時計だが、そろそろ昼食を、と、路傍の大きめの石に腰掛け、ラムが持たせてくれた弁当を膝の上に広げた。
 母が硫黄の好物を重視して作ってくれている全体的に茶色っぽくボリューミーないつもの弁当に比べ、外見少女である今現在の硫黄を意識してくれてのことであろう、キャラ弁というのか? SFFのマスコットであるイチゴのショートケーキに手足をつけたキャラクターと、同じくシュークリームに手足をつけたキャラクターを模ったおにぎりをメインに、玉子焼き・プチトマト・ブロッコリーで彩られた、カラフルで小さめな弁当。
 箸をつけようとしたところで、マカロンタウン方向から、5人の人がやって来るのが見えた。
 おそらく、今朝、カヌレ村に向けてマカロンタウンを出発した、初心者のプレイヤー。
 出発時間が朝だと思うのは、マカロンタウンから現在地までの距離から。初心者だと思うのは、その装備から。
 ゲームとしてプレイしていた時には、各プレイヤーの頭上、場合によっては足下にステータスバーが表示され、そこに、そのプレイヤーの名前・職業・LV・HP・MP・状態異常といった、簡単な情報が書かれていたため一目瞭然だったが、今、こちらへ向かって歩いて来ている彼らの頭上にも足下にも、それが見当たらないため、「おそらく」。
 そういえば……と、硫黄は思い返す。ゲームではNPCにも更に簡単な、名前と職業くらいしか書かれていない表示があったが、自分がSFFの中に入って以降のラムやアプリコットには無かったな、と。
 これまで全く気に留めていなかったが、硫黄自身の頭上や足下にも、それは無い。
(…まあ、現実ならステータスバーなんて無いのが当たり前か……)
 ステータスバーが無ければ「おそらく」になってしまうのは、例外があるため、装備だけでは情報不足であるためだ。
 例外として、硫黄が真っ先に思い浮かべたのは、修道女の、ぴいたん、というプレイヤー。ゲームの外での数え方での、確か、5日前、内側の日数では、もう1年半近くも前ということになるのだが、暫く行動を共にした。
 彼女との出会いは、霊峰スーパーモンブランの麓の樹海。魔物に襲われ瀕死でいるところを助けた。
 ゲーム外の世界の修道女そっくりな、紺色の清楚な正統派修道服の彼女。ステータスバーのレベルを見て驚いた。LV28。最初の頃はガンガンとレベルが上がっていくものなので、自身では魔物を攻撃する術を持たず回復魔法や補助魔法で経験値を稼ぐしかないためレベルの上がりづらい修道女とはいえ、ほとんどプレイしていない、ほぼ初心者だ。
 驚いた理由は、SFF内で2番目にレベルの高い魔物のいるエリアである樹海に、まだレベルの低い、しかも、攻撃する術を一切持たない修道女が、ひとりでいたことではない。それは単純に迷い込んでしまっただけとも考えられるため、そうではなく、その装備。
 SFFの修道女の本来の服装は、長いスリットの入った露出度高めの修道服であり、彼女の着用している物は、何か彼女のレベルでも装備できる物をカスタマイズした物。カスタマイズは誰でも出来るが、とにかく金……SFF内の通貨であるS(スウィーツ・マネー)が莫大な額、必要だ。彼女の修道服は、おそらく本来の修道女の初期の装備を元にした物で、露出を減らす以外にも細かいところを色々といじっているため、少なく見積もっても30000Sは掛けられている。ついでに言えば、彼女の黒髪ストレートのロングヘアだって、ガチャでのみゲット出来るレアな物であり、余程の強運の持ち主でない限り、かなりの金額が掛かっている。
 Sは魔物がドロップする他、クエストの報酬として、また、自分の所持しているアイテムで不要となった物を売ることで得られるが、初心者が自力で稼げる額では到底なく、それ以外の手段としては、1S=100円の課金でも得られるが、初心者が、そこまで課金するほどSFFにハマっているとも考えにくい。
 もっとも、そうであるからこそ、彼女が誰か高レベルのプレイヤーの求めで修道女という職業を選び、普段はそのプレイヤーと行動を共にしていて、装備も、そのプレイヤーに買ってもらった物であると容易に想像が出来、実際、暫く一緒にいて仲良くなってから聞いたところ、本当にそうだったのだが、ただ単に、レベルに不釣り合いな、わざわざ地味にする方向へのカスタマイズに驚いたのだ。
(…いや、オレは好きだけど……。だって、SFF本来の派手な修道服より、そっちのほうが絶対カワイイし……)
 と、そんなことを考えているうちに、初心者のプレイヤーと思われる5人が、声がハッキリと聞き取れる距離まで来ていた。
 彼らはやはりプレイヤーで、全員が同じパーティらしく、皆でワイワイと会話をしている。
(…声が聞こえる……。プレイヤーの言葉……しかも、自分には無関係な言葉も、音声で聞こえるのか……)
 ところで、と、硫黄は、彼らについて、重要な疑問を抱いた。
(この人たちは、どんなふうに、ここに存在してるんだろ……? )
 通常どおり、SFFを外側からゲームとしてプレイしているのか、それとも、自分と同様、SFF内に入ってしまっているのか、という疑問。
 後者であれば、協力し合えるかも、と期待を込めて……。
 その時、彼らの前を、バレーボールほどの大きさの大きなスズメ3羽と、体長が1・5メートルほどもあるが、その大きさよりも腹を中心に風船のように丸々と膨らんでいることのほうが気になるネコ1匹が塞いだ。
 ビッグスパロー(LV1)とファットキャット(LV3)だ。
 魔物の出現に、これまでの楽しげな様子から一転、一様に足を止め、緊張からか顔を強ばらせる彼ら。見た目どおり初心者らしい。
(…表情……)
 NPCは、もともとこの世界の人なので、ゲームとしてプレイ中には見ることの無い表情の変化を目にしても……と言うか、昨日の夕方から今朝にかけて、実際にゲーム外の人間のようにコロコロと表情の変化し続けるNPCたちと一緒に過ごして、それは当たり前のこととして受け流すし、既にSFF内の存在となっている自分の表情が普通に変化するのを鏡やガラス製品を通してたまたま見つけても何とも思わなかったが、
(プレイヤーの表情も、ちゃんと変わるように見えるのか……って、そっか、そもそもアバターはゲーム内の存在か……。いや、でも、やっぱ、オレと同じような存在でも、そうなワケで……)
 怯んでいる彼らのうちの1人・戦士の少年に、ビッグスパロー1羽が仕掛けたことで、戦闘開始。
 血生臭い展開になることが分かりきっているいるため、本当は、すぐにでも立ち去りたかったのだが、それ以上に、SFF内に入って以降に初めて出会った、音声での会話に表情の変化と、今のところ自分の条件と一致する彼らが、どのような存在であるのか見極めたくて、硫黄は、その場に留まった。もちろん、弁当は、ほとんど食べないままで仕舞ったが……。
 クチバシを突き出して突っ込んで来たスパローの攻撃を、戦士の少年は軽くかわしざま腰の剣を抜き一刀両断。
 スパローは叫びを上げ、真っ二つになって地面に転がる。
 チュートリアル終了時点で通常、プレイヤーはLV5にはなるため、現れた魔物よりもプレイヤーのほうがレベルが高く数も多い。これでは当然……。
 スパローの悲鳴とほぼ同時に響く、他3つの断末魔。
 圧勝を収めた彼らは、足下に出来た血溜まりの中に肉片と共に転がったドロップアイテムを喜々として拾う。
 硫黄は吐き気と目眩を覚えながら目を背け、マカロンタウン方向へと歩き出した。
(…この人たちは、きっと、外側からプレイしてる人たちだ……)

ママのパンケーキが食べたいので、私、もとの世界へ帰ります!(4)


 パステル調の優しいピンク・ブルー・グリーンの門を、外側から内側へと逃げ込むように3歩、大股の早歩き、吸っていないはずはないのだが実感として呼気ばかりの鼻息荒く通過してから、硫黄は足を止め、一度大きく息を吸って、深く深く吐いた。
 そして、辺りを見回す。
 全体的にパステルカラーで統一されているが形はまちまちの、最高でも4階建までの商店の並ぶ町。そのバラバラ感が逆にオモチャ箱の中のようで可愛らしい、ゲームとしてのSFFの最初の町、
(…マカロンタウン……)
 硫黄が、この町を訪れたのは、ベータテスト終了後、アバターのデータはそのまま引き継ぎつつ始まった正式サービス初日にあらためて訪れて以来なため、ゲーム外の時間でも丸3年前、SFF内の時間では途方もなく昔のことになるはずなのだが、記憶の限り、全く変わらない。
(…まあ、そういうものか……。カヌレ村だって、バッグを作ってもらって以来、アプリコットのクエストで久し振りに行っても変わってなかったし、ログインする度にほぼ毎回行ってるシュトレンだって、いつ行っても同じだもんな……。それと……)
硫黄は、カヌレ村村長のラムと四次元バッグ職人をはじめとする、時間を置いて何度か目にする機会のあったNPCたちの姿を思い浮かべる。
(町ばっかじゃなくて、あの人たちも変わらないよな……)
SFF内の時間では何百年も経っているほどの時間を空けて再度目にしても、その外見は全く変わらない。
(妖精だからな。寿命が長くて、年をとるのが極端に遅いのかも……? それか、そもそも年をとらない? ……いや、生きてるんだから、それは無いか。初老の人は生まれた瞬間から初老とか……? )
 と、硫黄は、そこまでで一瞬、思考を止めた。急に気になったのだ。
(オレは……? )
と。自分がどのように年をとっていくのか、と。
 考えても全ては憶測にすぎないが、怖くなった。
 NPCは妖精だから年をとるのがゆっくり? アバターは当然、年はとらない。しかし、今の自分は完全にアバターと同じわけではない。SFFの中で普通に生きている人間だ。もしかしたら、SFFの中の時間で1日過ぎると普通に1日分の年をとって、外の世界へ戻れた時、その重ねた月日があまり多くなると、自分だけ周囲の同い年だった友人に比べ年上みたいになっているのでは? 父や母よりも、下手すると祖父母よりもずっと年上みたいになっているのでは?
(とにかく早く帰るしかない。この考えが合っているなら、逆浦島太郎だ……! )
 硫黄は、もうひとつ深呼吸をしてから、ベリー姉妹のいるはずのマカロンタウンオフィスへと歩き出した。

 SFFをゲームとして初めてプレイするにあたって、SFF公式サイトのトップページからアカウント登録ページへ進むと、そこからは、ベリー姉妹と2体のマスコットキャラが案内をしてくれる。案内に従いアバター等の設定を済ませ、ベリー姉妹には引き続き付き合ってもらってチュートリアルを終えて、いざフィールドへ出た時、そこはマカロンタウンだったため、姉妹のいる場所はマカロンタウンであると見当はついていたし、それは、姉妹に会うことを勧める際にラムの口からも「マカロンタウンの」と出たので間違いないと証明されたのだが、チュートリアル以降ゲームとしてプレイしている時に姉妹に会うには、常に画面上にあるヘルプのアイコンを選んでクリックするだけで済み、その詳しい居場所は知らなかったため、ラムに聞いたところ、姉妹は「タウンオフィス」の「観光課」に勤めているらしく、日の暮れる頃までなら、そこにいるということだった。
 四次元バッグの中に常に入れてあるマップで確認したところによると、タウンオフィスへは、たった今くぐって来たばかりの門から正面に奥へと続く商店街を抜け、右手の坂を登った先にある。
 マップに従い歩く商店街は、ようやく夕方の黄味を帯び始めていた。
 カヌレ村からの道中、半分を過ぎた辺りから頻繁に出くわすようになった見たくない場面から目を背け、走っているのに近い速度で歩いていたため、思っていたよりも早めに到着したのだ。
 大勢のNPCや、初心者と思われるプレイヤーで賑わう商店街。内容の聞き取れない多くの声が、ガヤガヤと耳に流れ込んでくる。その表情も、実に豊か。
(…声……。表情……。やっぱり、そうか。今まで会った人たちが特別だったワケじゃない。これが、当たり前だもんな……)

 商店街を通り過ぎ、右手側のゆるやかな坂を登りきると、目の前に現れたのは、きちんと手入れの行き届いた公園。
 正面奥には大きな噴水。すぐ足下にはパステルカラーの細かなタイルの小道が無駄に蛇行しながら奥へと続き、その両脇には芝生が広がって、芝生の上、ところどころにパステルカラーのベンチ。広い敷地をグルリと囲うパステルカラーの柵の手前の花壇では、優しい色合いの花々が咲き誇っていた。
 マップに従って来たはずが間違えたのかと思ったが、ゲームとしてSFFを始めた時にチュートリアルを終了して最初に見た景色はこんな感じだったと思い出し、小道の先に、チュートリアルに付き合ってくれたベリー姉妹のいるタウンオフィスがあると確信して進む。
 すると、少し行っただけで、坂を登りきった地点からは噴水に邪魔されて見えなかったパステルピンクの2階建の建物が見えた。きっと、あれがタウンオフィスだ。
 近づくと、建物はやはりタウンオフィスで、入口のガラス扉の右側の壁に、「マカロンタウンオフィス」とあり、その下に、窓口受付時間や閉庁日、1階2階各フロアに配置されている課の案内が書かれている。
 入口を入ると、外観と同じくパステルピンクを基調としたフロア。
 すぐ右手には「総合案内」と書かれたカウンターがあり、キチンとした身なりで感じの良い20代後半くらいの女性が立っている。
 直接行けるのであれば行ってもよいのだろうが、入口に書かれている案内では、ベリー姉妹がいるとラムが教えてくれた、目指す観光「課」は無く、観光「庁」が2階にあるということしか分からなかったため、これは聞いたほうが早いだろうと、
「すみません」
硫黄は、総合受付の女性に声を掛けた。
 すると女性は、明らかに硫黄に向けて驚いた表情を見せた。
(? …何だろ……? )
 首を傾げつつ、相談に乗ってほしいことがあるので観光課のベリー姉妹に会いたいと、「課」の部分を小さく聞こえるか聞こえないかくらいの声の大きさで続ける硫黄。
 女性は、
「かしこまりました」
笑みをひとつ作って返し、カウンター上に置かれていた小さな紙にペンを走らせ、ペンを置いてから、手元のベルをチリンと鳴らす。
 直後、背後に気配を感じて、見れば、硫黄と同じ年頃の、オフィスの職員だろう、やはりキチンとした身なりの感じのよい少年が、いつの間にか立っていた。
 女性は、たった今書いたばかりの紙を二つ折りにし、少年に渡す。
 受け取った少年は、すぐ横の階段を上って行った。
 もうひとつ笑みを作り、女性、
「少々お待ち下さい」
 言われて、待つ態勢に入るべく、近くに椅子でもないかと視線を動かす硫黄。しかし、椅子を見つける前に、階段を下りてくる少年を見つけた。
(早……っ! もう戻ってきたっ? )
 その手には、持って行った紙とは大きさから別物だと分かる、二つ折りの紙。
 カウンターの前まで来て、女性に渡す。
 渡された紙を開いて視線を落とし、一拍置いて紙に頷いてから、女性、三たび笑顔を作り、
「お待たせいたしました。ご案内いたします」
そして、その場で待機していた少年に視線を向けた。
 少年は視線を受け止め、頷く。

 少年に案内され、硫黄は2階へ。
 2階の廊下を奥へと進んで行くと、他のドアに比べて少し大きめの立派なドアが2つ並んでおり、うち1つには「市長室」、もう1つには「観光庁」と書かれたプレート。
(…ああ、入口の案内の観光「庁」でよかったんだ……。「課」はラムさんの間違いか……。まあ、どっちでもいいけど……)
 少年は観光庁のほうのドアをコンコンコン。
 すると中から、
「どうぞ」
落ち着いているが明らかに少女のものである声。
 少年、声を受け、
「失礼します」
とドアを開けて、
「こちらへ」
硫黄を通すと、自分は廊下側にいながらドアを閉める。
(っ!? )
 何となく少年も一緒に部屋へ入るような気になっていた硫黄は、閉まっていくドアの隙間に向かって慌てて、
「あっありがとうございましたっ」
 そこへ背後から、
「あなたは一体、何者ですか? 」
廊下から聞いた室内からの「どうぞ」と同じ、冷たく感じるくらいに落ち着きのある少女の声。
 振り返ると、赤色の髪を後ろでひとつにキッチリとまとめたヘアスタイルの、吊り上がり気味の目を持つ14・5歳くらいの少女。赤だが渋めの色合いのベスト、中に白のブラウスを着て、正面のドッシリとした木製の机の向こうから、真っ直ぐに硫黄を見据えている。
 硫黄は、この少女に見覚えがあった。
 硫黄の位置からは見えないが、ひとつにまとめてある髪は後頭部でお団子。ベストと同色で膝丈のタイトスカートをはいていると思われる。
(クラン・ベリー……)
 ベリー姉妹の姉のほう、クランだ。
 そして、机の手前の高級そうな応接セットの革のソファに、もうひとり。
 明るめの赤髪を耳より上の高さで緩く2つのお団子にし、目の形が垂れ下がり気味であるためかクランよりもかなり柔らかな雰囲気をもつ、クランと同色でほぼお揃いだがスカート部分がフレアスカートになっているものを着た、ベリー姉妹の妹のほう、ラズ・ベリー。
 紅茶らしき温かそうな飲み物を飲み、クッキーをつまんで、ゆったりと寛いでいる。
 硫黄の存在など全く気に留めていない様子のラズ・ベリーとは対照的に、クランの目は、見るからに硫黄を警戒していた。
 受付の女性は硫黄に驚いていたが、そちらの理由は、女性が少年に持たせた紙を書いている時に盗み見て分かっていた。
 大したことではない。実際、女性は最初に硫黄が声を掛けた時に驚いた表情を見せて以降、少年のほうは初めから、ごく普通と思われる態度で対応してくれた。
 本当に、大したことではない。ただ、タウンオフィス内は通常、プレイヤーが入らない場所であるというだけ。入らないというか、入れない。しかし立ち入り禁止というワケでもない。おそらく、ゲームとしてプレイしている時に開かない設定になっているドアの類だろう。例えば、カヌレ村村長・ラムの家の玄関と書斎のドア以外の全てのドアがそうだ。SFFをプレイしていて最初に立ち寄ることになる内部にもドアのある大きな建物であるため興味本位で片っ端から開けようとしてみたので確かだが、ゲームとしてプレイしていた時には開かなかったのに、昨日、硫黄は書斎以外の部屋に、普通にドアを開けて入っていた。
 本当に、本当に大したことではないと思っていたのだが、
(「何者」って……。何だか、スゴイ言われ方だな……。ああ、あの受付のお姉さんが驚いたのとは何か別の理由で、こんな目で見られてるのかな……? )
「人間族は、ここへは入れないはずなのですが」
(…同じ理由だ……! …そんなに大きな問題なのか? さっきの2人の態度からは、全然そんな印象は受けなかったんだけど……)
 そう思い、聞くと、
「少なくても私は、そう捉えています」
(…そう、言われてもなあ……)
「それに、今まさに交わしている、この会話。人間族は『はい』と『いいえ』しか言わないでしょう? それも、限られた場所で限られた時だけ。他は一切。
 物事を伝える役割の妖精とのコミュニケーションも、話しかけるのではなく、その前に立ち止まって、伝えてほしそうにしているだけ。決まった場所以外で話しかけても聞こえていないのかスルーするし。
 でも、あなたは違う。本当に、何者なの? 」
「そう…『何者』とか言われても、実は、私にもよく分からなくて、そのことも含めたことで、SFFの案内役であるあなた方に相談に乗っていただきたくて、こちらへ伺ったんです」
「自分のことが分からない? 」
 クランは静かに、だが確かに、その目に驚きの色を浮かべ、それから、ひとつ息を吐きつつ軽く目を伏せ、
「私は、からかわれているのかしら? 最近、多いのです。人間族からお便りで寄せられる、SFFで遊ぶ上で全く関係の無い質問」
(お便り……? もしかして、ヘルプの質問は、SFFの中では手紙の形で届くのかな……? )
 クランの言葉を、
「あー、姉さまとラズは一緒にお風呂に入るのか? とかねー」
ラズがクッキーで口をモゴモゴさせながら補足する。
(…何だ!? その低俗の質問! いや、妄想するのは勝手だし、それを絵に描くのも自由だし、オレは、その絵を見て喜んでる人間のひとりだけど! 本人にそんなふうに聞くなんて、例えばイタズラ電話をして「パンティ何色? 」とか聞いて相手の反応を楽しんでるのと一緒だろ!? 同じプレイヤーとして恥ずかしいっ! )
 と、そこまでで、硫黄はハタと気付いた。
(……って、オレ、そういうのと同類だと思われてるっ? )
 慌てる硫黄を他所に、伏し目のまま溜息まじりに続けるクラン。
「ま、そのような質問をしてくる輩の考えていることは、『ギャラリー』に展示されている絵を見れば分かりますけどね」
「うん。姉さまとラズが一緒にお風呂入って、体を洗いっこしてる絵とかあるよねー」
(…「ギャラリー」……? もしかして公式サイトのTOPページにある投稿スペース? 確かに、そういうイラストもあるよな。もっと過激なのとかも……。オレも楽しませてもらってるけど、こっちの世界でも見れるのか……? )
「100歩譲って、私とラズが共に入浴している絵は良いのです。実際にしていることですから。せっかく近くにいるので互いに自分では届きにくいところは手を貸し合いもしますからね。
 でも、ある意味としてのそれ以上……キスをしていたりとか、獣の毛繕いのように互いの体を舐めあっていたりとか、通常のスキンシップでは触れないような部分に触れ合って頬を赤らめ息遣いを荒くしてだらしなく乱れている様子とかを描かれるのは不快でしかないのですよ。
 人間族の文化は私には分かりませんから、もしかしたら人間族は、そうして女性同士、しかも姉妹でそのようなことをするのは当たり前で悪気は無く、仕方のないことなのかもしれませんが……」
 そこまでで、クランは顔を上げ、カッと硫黄に強い視線を向けた。
「けれど、質問の人のものは悪気でしょう? 全く必要の無い質問ですし、あなたに至っては、何を仰っているのか自体分かりません。
 困るのです。おかしな質問が増えて、そのようなものに煩わされている現状に加えて、更に、これまで入れなかったはずの場所にまで入って来られて、これまでの人間族らしくなく普通に話しかけてこられては、私どもの生活が立ち行かなくなってしまうと容易に想像できるので。
 SFFへ遊びに来て下さる人間族の方々の夢を壊してしまうようですが、特にその部分を売りにしているわけではないので言わせてもらいますと、私どもにも生活があるのです。SFFで人間族の方々と関わっているのは、あくまで仕事なのです。
 人間族がどのように年齢を重ねていくのかも、やはり私には分かりませんが、私ども妖精と同じであると仮定した時に、外見を見る限りでは、皆さん、そこそこの年齢を重ねているように見えますし、遊びとは言え危険を伴わないわけではないSFFを楽しまれている以上、大人か大人に近い年齢のはずでしょう? もちろん、そのくらいのことは理解してくださっていると思っていたのですが、買い被りでした。これは文化や習慣の違いなどでは……」
(……)
 硫黄はイラッとした。
「……オレ、まだ、『何者』かとか聞かれても自分でもよく分からない、としか言ってないんだけど」
 声に出したつもりは無かった。急にクランが喋るのをやめたことで、彼女の言葉を遮る形で声を発していたことに気付いたのだ。
 ハッとし、口を押さえた硫黄だが、好き勝手言われて頭にきていたし、そもそも話をするために来たのだし、やっとマシンガンのような言葉の弾丸が偶然だが止み、今ならば聞いてもらえると考え、続ける。
「とりあえず、聞いてくれない? たった今、人間族のことについて『分からない』って言葉を、短い間に2回も言ったよね? 分からないなら、憶測で悪く言わないでよ。それに、その悪印象のもとに人間族って一括りで目の前にいる人を断じるのも」
「あなたは違うと? 」
「オレもそうだけど、ひとりひとりが、だよ。あんた……クランさんには同じように見えても、ひとりひとりが、ちゃんと個性を持った存在だし、SFFをプレイしてる人は比較的年齢層が高くて女の人も多いから、クランさんに迷惑をかけるようなヤツは、本当にごく一部。そいつらだって、状況がそうさせてるだけで、実はクランさんの期待するような大人かも知れないし、オレだって……いや、オレはもともと他人の迷惑になるようなことはしないけど、今の状況だからこそ余計に、一人称を『私』にしたりなんかして、大人な喋り方と態度を意識してたし。ついさっきまで。
 ……あんまり行儀よくしてても、そこにつけ込んで好き勝手言われるだけだから、もうやめたけど……」
 と、そこへ、ハアッ、と、クランの大きく息を吐く音。硫黄の話は遮られた。
「分かりました。伺いましょう。……と言うか、そもそも伺わないとは言っていません。受付からあなたがいらしたことを伝えられ、聴取する目的で、この部屋へお呼びたてしたのですから。
 ただし、あなたの話は、ほぼ話などしていない現時点で既に、理解不能な部分が多すぎますので、整理するために一問一答形式をとってよろしいですね? 」
 頷く硫黄。
 頷き返したクランからの最初の質問は、
「あなたは、人間族で間違いないですか? 」
 初っ端から難しい質問が来たな、と思った。
(…どう答えればいいんだ……? )
 少し考えてからの硫黄の答えは、
「SFFの中では」
「……何だか微妙な答えですね。SFFの中でない場所では何なのですか? 」
「人間(にんげん)」
「SFFの中にいる人間族は、全員、その人間ですか? 」
「オレの知るかぎりでは」
 納得したように頷くクラン。続いての質問は、
「あなたの名前は? 」
「SFFの中ではエスリン。本名は洋瀬硫黄」
「SFFの中では本名でない名前を名乗っているのですね。人間族は皆さんそうですか? 」
「ほとんどの人がそうだけど、本名のままの人もいるよ」
「分かりました。では次に、あなたの性別は? 女性、でよろしいですね? 」
 硫黄は、ちょっと答えに詰まった。
 クランについて、性的マイノリティに対して良くない意味で敏感であると感じていたため。本当は男なのに女性の格好をしていることで、この会話が自分にとって不利な方向へ行ってしまうのでは、と。最悪、ここまでで話を聞いてもらえなくなるのでは、と。
 しかし、自分がもとの世界へ帰るために、クランにとって何が重要な情報となるか分からないため、たとえどんな小さなことでも嘘は吐くべきではないと考え、おずおずと、彼女の顔色を窺うように、
「いや、男です」
自然と敬語になってしまいながら答える。
「そうですか。では、次は……」
(は? )
 あまりにもあっさりと受け取られ、驚く硫黄。
 硫黄が驚いたことに気付いたようで、クラン、
「何か? 」
「オレが男だって聞いて、驚かないのかな、って」
「驚くべきことなのですか? 人間族とはそういうものと理解したのですが」
「『そういう』? 」
「私ども妖精の場合の性別による外見の特徴と人間族のそれとは違う、と」
(あ、それ、どうなんだろう? オレは勝手に、同じだって思い込んでたけど……。
 クランさんとラズさんは「姉妹」ってくらいだから2人とも女性……っていうか、それ以前に、さっき、自分たちのことを指して「女性同士」って言ってたか……)
「…えっと……。ちなみにオレをこの部屋へ案内してくれた人は? 男性? 女性? 」
「彼は男性です」
「受付にいた人は? 」
「女性です」
(それって、同じなんじゃ……? )
「今聞いた人たちの性別と外見だけで判断すると、妖精も人間も性別による外見の特徴って一致してる感じだよ」
 硫黄は、そこで一旦、言葉を切り、クランの顔色を窺いつつ付け加える。
「オレは男だけど、女性の格好をするつもりで、この格好をしてるし」
 クランは驚いた表情。
「不快に、させた?」
 ひたすら顔色を窺いながらの硫黄の問い。
「分かりません。あなたが女性の格好をしていることに関しては私や他の妖精に特に害があるように思えないので、現時点で不快になってはいませんが、何らかの悪意を持って、その格好をされているのですか? 」
「好きだからしてるだけで悪意は無いけど、結果的に、オレを女性だと思ってる人間の男が色々とプレゼントしてくれたり、女性だと思っているからこそ仲良くしてくれてる人間の女性がいて、男のほうはオレ的には別に構わないんだけど、女性のほうは、その子との関係が壊れちゃうかもしれないと思うと本当は男だって言い出せなくて、騙し続けてる感じになってて……」
「まあ、その程度であれば、相手の方のほうにあなたへの好意があってのことですし、当人たちから騙されたと被害の訴えが特に無ければ、こちらとしては問題とするものではありません」
(…よかった……)
「ところで、その女装の技術は、魔法ですか? 声は男性の声に聞こえますが、外見は、どう見ても女性にしか見えないのですが……。
 本来のあなたが、ごく一般的な男性の姿をしているとして、そこまで見事に異性になりきるなど大変なことなのでは、と」
「魔法じゃないよ。選んだだけ」
「選ぶ……? 確かに、当SFFで遊んでいただく上で、普段の御自身とは違った存在になりきっていただいたほうが楽しめるのではと、受付の段階でSFF内での職業を決めていただいて、その選択に応じて、こちらで衣装を用意していますし、それなりの対価を払うことで後からカスタマイズも可能。そして、今、あなたの身に着けられている物が、こちらでご用意した魔法少女の衣装をカスタマイズされた物であることは見てすぐに分かりますし、ヘアスタイルも、有料のガチャの景品にあったものと分かりますが、その選んだ物や当てた物を身に着けただけ……? 」
 クランは、納得のいっていない様子で、独り言のように続ける。
「もともと、かなり女性っぽい外見だったのでしょうか……? 」
「いや、もともとのオレは、どっちかって言うと男っぽい外見だよ。そのままじゃ、とてもじゃないけど女装なんて似合わない。
 それが、こんなふうに完全に女性だと思われるくらいの仕上がりになってる理由はさ……」
 硫黄が本当は男でありながら女性の格好をしていること自体はクランは不快に思わないと知り、一度は緊張が解けていた硫黄だったが、この理由に関しては、顔色を窺わずには無理だ。
「…気を、悪くしないで聞いてほしいんだけど……」
「何でしょうか? 」
「オレたち人間にとって、SFFはゲームなんだ」
「はい。私どもとしても、人間族にはSFFを魔物退治というゲーム性の高い場として提供しています」
「…そうじゃなくて……」
 どう説明したらいいんだろ……? 難しいな……と、悩む硫黄。
「…何て言うか……。人間にとってのSFFは架空の世界っていうか……。人間の世界に存在する企業が創り出した世界なんだ」
「架空の世界、ですか……。そうなると、当然、そこに暮らす私どもも架空の存在ということになりますね? 」
 呟くようなクランの小さな質問に頷く硫黄。
 それきり、クランは黙り込んでしまい、硫黄は、
(…ああ、やっぱ傷つけたかな……? )
 硫黄がもとの世界へ帰るための相談にのってもらう上で、SFFがゲームであると伝えることは必要なことなのだが、クランが傷ついたのではと気にして、その気持ちを探ろうと、それまでよりも更に注意深くクランの顔を窺う。
 しかし、クランの表情は、これまで会話していた間と全く変化が無い。
 ややして、クランは小さく息を吐き、口を開いた。
「それを聞いて、合点がいきました。私は、私ども妖精とあなたがた人間族の関係について、勘違いしていました。勘違いをして勝手に怒っていました。けれども、仮に、あなたの仰っていることが真実ならば、と」
(「仮に」って……。信用無いな……。…まあ、実際に生きて普通に生活してる自分が実は架空の存在だなんて話、すんなり信じるほうが、どうかしてるけど……)
「私は、私ども妖精スタッフに対する人間族の態度が酷いと、常識・良識の無さに腹を立てていたのですが、そもそも、種族こそ違えど同じ生きている者同士、ではなかったのですね。
 私が人間族にとってSFFが何であるかを知らなかったように、あなたのほうも、妖精にとってSFFが何であるかご存知ないと思われますので付け加えますと、私ども妖精にとってSFFはテーマパークです。職場であり、生活の場でもあります。
 SFF……スウィーツフェアリーファンタジーは、国土の大半を占めるテーマパークの名称。国の名前は『スウィーツランド』といい、テーマパークSFFを柱とした観光立国です」
(…へえ、テーマパーク……。だから、『当SFFで遊んでいただく上で』とか『ゲーム性の高い場として提供』とかいう言葉が出てきたんだな……。
 自分にとってがゲームだから、そっちとゴッチャになってたのか、違和感無く聞き流しちゃってたけど……)
「話が少し逸れてしまいましたが、それで、SFFが人間族にとって架空の世界であることと、あなたに女装が似合うことと、どのような関係が? 」
「あ、うん。それは、人間がSFFで遊ぶ時の方法のせいなんだけど、人間はSFFで遊ぶのに、自分の生身の体でSFFの中へ来るわけじゃないんだ。
 人間の世界には、パソコンって機械があって、その機械を通じて、体はもちろん意識も完全に人間の世界にいながら、パソコンの中に作った自分の分身的なキャラクター……アバターっていうんだけど、そのアバターを操作して遊んでるんだよ。
 で、最初にSFFで遊ぼうとした時、そのための登録をするでしょ? そこで名前と性別を聞かれて、『女性』って答えると、もう、その時点でアバターは女性の姿になる。聞かれて答えるのは本当の名前や性別である必要は無いから、オレは、名前はエスリン、性別は女性って答えて、この、女装の似合う外見になってるってワケ」
「なるほど、分かりました」
「ただ……」
「ただ? 」
 硫黄は、話の流れ的に丁度良いため、一問一答形式に戻ることで別の方向に話が行く前にと、本題を切り出すことにした。
「SFFの中の時間での昨日の夕方頃までは、オレも、今の話の中の人間たちと同じで、人間の世界にいながらにしてSFFを楽しんでたんだけど、今は、それとは確実に違う状態にあって、実は、そのことで相談に……って言うか、もっと素直に言うと、助けてもらえないかと思って、あんたたちベリー姉妹なら、SFFの中にいる人の中では他の誰よりもSFFのことを知ってそうだし、カヌレ村のラムさんにも、そう勧められたから、訪ねて来たんだ」
「他の人間と確実に違う状態というと、つまり、今、私の目の前にいるあなたは、本来は直接SFFに来ることの無い、人間の世界からアバターという傀儡を操っている生身の存在。そして、直接SFFに来たことは望んだことではないので、私とラズならばSFFに詳しいと思い助けを求めるべくここへ来たということですね? 」
「うん。正確には分からないんだけどね。意識は確実に今、ここにあるけど、体のほうはどうなのか、とか。
 何にしても、ゲームの中に入っちゃったとか、信じられないかもしれないけどさ」
「いえ、むしろそれが通常ではないことが驚きなのですが……。
 それで、私どもに求める助けというのは、人間の世界へ帰りたい、ということでしょうか? 」
 頷く硫黄。
 クランは頷き返し、暫し考える様子を見せてから、
「まだ、あなたの話を完全に信用したワケではありませんが、とりあえずは、あなたが何者であるかということは分かりましたし、残念ながらあなたを助けることは私やラズでは無理ですので、質問はここまでにし、あとは全て長官にお任せしようと思います。
 長官の許へご案内しましょう」
 立ち上がって、硫黄のほうへと歩いて来つつ、応接セットの脇を通り過ぎざま、ソファのラズに、
「少しの間よろしくね、ラズ。まあ、どのみち、あと数分で終業時刻だけれど」
「はーい」
 ラズの、ちょっと面倒くさそうな返事を聞きながら、硫黄は、あれ? と思った。
 最初のチュートリアルもそうだが、その後ヘルプ機能を使って質問する時も、24時間いつでもOKなはずなのだが、勤務時間など決まっているのだな、と。
 もっとも、SFFの外……人間の世界とSFFの中では時間の流れ方が違うため、人間の世界の目線でいくと、ベリー姉妹は、例えば朝に仕事が始まって、あと数分で終業時刻を迎えるならば、数分毎に仕事と休みを繰り返していることになるワケで、休んでいる時間にたまたまアクセスしようとしてつながらなくても、「あれ? 不具合かな? もう少し待ってから、もう一度やってみよう」と思うだけだろうし、実際、自分もそんなことがあったような気がするな、と、ちょっと考えただけで自己完結出来てしまったが……。
 硫黄のすぐ隣までやって来たクランは、ドアのノブに手を伸ばして開けつつ、
「こちらへ」


 クランに連れられてやって来たのは、タウンオフィスの庭の噴水。
 表側に回り、噴水を囲う低い柵にあった小さな突起にクランが触れると、それがスイッチになっていたようで、水が止まり、止まった水の向こう側からドアが現れ、クランの立っている正面部分の柵だけが下がって地面に収まった。
 その柵の下がったところを通り、ドアを開けるクラン。
 ドアの向こうは、様々な色が交ざり合い揺らめく、天井も床も無い空間。あまり長く見ていると気持ちが悪くなりそうだ。
「これは? 」
「これは『空間移動装置(ゲート)』です。同じくこの装置のある場所へなら、どこへでも一瞬で行ける便利な物です。
 これを使用し、スーパーモンブランにおります長官の許へ行きます」
(…でも、これって……。もしかして、テレポと同じようなものなんじゃ……? )
 そう思い、聞くと、
「はい。誰もがテレポを使えるワケではございませんので。私も使えないですし。
 それに、テレポでは一度行ったことのある場所でないと行けないですからね。
 ……何か、問題でも? 」
 硫黄は、自分は普段、人間の世界からアバターを操っている時にはテレポを使うが、例えば傷薬が酷く沁みたことなど、SFFの中に直接入ってしまってから感じた多くの違いを踏まえ、テレポを使うことを避けて、カヌレ村からマカロンタウンへも徒歩で来たのだと説明した。
 クラン、小さく頷き、
「そうですか。仕方ないですね。10日ほどかかることになりますが、歩いて向かいましょう。
 今夜は宿直室にご宿泊ください。先程の彼が今日の宿直なので、何かあれば彼に。私は明日の朝、迎えに参ります」
 言いながら、先に立って戻ろうとするクランの背中を、硫黄、
「…あっ、あのっ……」
呼び止める。
 足を止めるクラン。
「オレは、クランさんのことも、他の妖精の人たちのことも、架空の存在だなんて思ってないから」
 SFF内の時間で言うところの昨日の夕方からこれまで、まだほんの数人だが、ゲームとしてでなく直接向き合って会話をしたりして、そう思った。
 それだけは、どうしても伝えておきたかった。
「そうですか」
 背中のままで答えたクランの声からは何の感情も感じ取れなかったが、伝えられさえすればよかったので、硫黄は満足だった。
プロフィール

獅兜舞桂

Author:獅兜舞桂
獅兜座(しっとざ と読みます)座長・獅兜舞桂(しっとまいけー)です。
よろしくお願いします。
以前は恵子ミユキの名で活動しておりました。

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