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アナタとはじめるハッピースイートライフ(菜&ユウ記☆1)



「んー! 」
 長谷山菜子(はせやま さいこ)は、今日越してきたばかりのアパートの天井に両の拳を突き上げ、大きく伸びをひとつ。
 そのまま腕は下ろさず、拳をパッと開き、
「終わったっ! 」
バンザイポーズ。
 もうそんなに若くもないので体力は落ちてきているが、代わりに手際というものは良くなり、今朝10時頃から荷物の搬入を始め、現在の時刻は夕方5時。日の暮れる前に、一応は片付いた。
 小さく息を吐きつつ腕を下ろし、南向きのベランダのほうへと歩いて、5月上旬並みと暖かだったため開けっ放しにしておいた窓を閉める。実際には4月の頭である今現在、夕方になると、さすがに冷える。
 窓の外、ベランダの手摺の向こうは、緑の多い公園。遊んでいた子供たちが帰り静まり返った中、早くも外灯が点った。
 それを穏やかな表情で眺める彼に歩み寄りながら、菜子、
「夕飯、何にしよっかー? 疲れたし、ピザでも頼んで済ませていいよね? 」
「……」
 彼が全くの無反応なために大きな独り言となった台詞を幸せの吐息で消化し、菜子は、彼のすぐ隣に立って、その端正な横顔を、そっと盗み見る。
(…これから、ここで、新しい生活が始まるんだ……)
 職場まで2駅の最寄駅へ徒歩5分。近所にはコンビニも大手スーパーマーケットの支店もあり買物便利。築年数はそこそこ古いが、耐震補強・ガッツリリフォーム済の小洒落た2DK、3階建アパートの2階。……と、好条件のこの物件の気になる家賃は、共益費と使わないが駐車場1台込みで、驚きの3万円! しかもインターネット無料!!!
(…でも、そんなことよりも、何よりも……)
 菜子は盗み見をやめ、覗き込むような格好で正面から彼を見つめた。
「これからヨロシクね! ユウ君っ! 仲良くしようねっ! 」
 言ってしまってから、両手で口を押さえる。あらためて口に出して言ってみたら、何だかとても照れくさかったのだ。
 ユウ君、と呼ばれた彼は、非常に驚いた様子で目を見開き、凍りつく。ややして、1歩、2歩と後退。
「どうしたの? ユウ君? 」
 ユウ君が退がったのに合わせ、心配して、1歩、2歩と進む菜子。それに合わせ、ユウ君のほうも更に1歩、2歩と後退る。
 菜子は両の腕を伸ばしてガシッとユウ君の手を掴まえた。
 ユウ君は酷く怯えて振り解こうとするが、解けない。
「ごっごめんなさい! 許してくださいっ! 」
 悲鳴のような声をあげるユウ君。
「ユウ君? 」
 至近距離から、その目を覗く菜子。
「だ、大体、『ユウ君』って、だ、誰ですかっ!? 」
「え? 幽霊だから『ユウ君』」
「は? はあっ? 」
「ダメ? じゃあ『レイ君』」
「かっ勘弁して下さいよっ! 」
 必死で手を解き、ユウ君は回れ右。駆けだして、玄関から飛び出していった。
(…ユウ君……)
 取り残されて、菜子は途方に暮れる。
(逃げられ、ちゃった……? )
 この部屋を選んだ決め手は、ユウ君の存在だったのに、と。

              *

 でもね、ユウ君、戻ってきてくれたんです!
 飛び出していった、ほんの15分後、気不味そうに、
「やっぱり、ここにいさせてもらっていいですか? なんか、外、怖くって……」
 菜子は嬉しくて、ユウ君の言葉も半ばにウンウンと頷く。
「戻ってきてくれてありがとう! ここなら安全だから! わたしが守るから! ずっと、仲良くしようねっ! 」
 ユウ君は、自分より背の低い菜子に対して上目づかいになって、はにかんだように笑んだ。


             (終)






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エイリアン イン ザ HR(菜&ユウ記☆2)



 春の強い風に桜の舞う中を、正門から教職員用の玄関へと歩き、靴を、上履きとして使用しているスパングルでキラキラしたバイオレットのお気に入りのサンダルに履き替えた、長谷山菜子(はせやま さいこ)・38歳。職業・高校教師。
 職員室へ向かうべく最初の角を曲がったところで、
(っ! )
1人の男子生徒とぶつかりそうになった。
 顔を見れば、菜子が担任を務める316HRのホンワカアイドル系イケメンクラス委員・井上隼人(いのうえ はやと)。
 直後、井上も菜子の顔を見、目が合う。
「あっ! す、すみませんっ! 」
 バッと2・3歩分飛び退く井上。
 菜子はトレードマークであるラピスラズリのシャドウの目でニッコリ笑い、
「大丈夫だよ、井上君。おはようっ」
井上が飛び退いた分の距離を詰めた。
「お、おはようございます……」
 井上は、何故か緊張気味の様子。
(…そっか、このくらい年頃の男の子って、年上の女性に憧れるものだもんね。特に相手がわたしみたいな美人じゃ、緊張するのも無理ないか)
と納得したところで、菜子は井上の頭に目を留める。柔らかそうな質感のその髪に桜の花びらを見つけたのだ。
 菜子は髪の花びらへと右手を伸ばす。
 ビクッと井上は身を縮める。
 菜子、人指し指と中指で花びらを挟み、自分の口元へ持ってきて口づけ、微笑んだ。
「花びら、ついてたよ」
 井上は固まった状態のまま。
(…可愛い……っ。そんな緊張すること無いのに。…そこまで、わたしのこと……? )
 ドキドキしてきた菜子。
(でも……)
 直後、申し訳ない気持ちになる。
(ゴメンね。わたしには、ユウ君という人が……)
 ユウ君、とは、この春から菜子が生活を共にし始めた彼氏。
 その姿を思い浮かべ、菜子はキュンとなった。30分ほど前まで一緒にいたはずなのに、たまらなくユウ君に会いたくなった。
 しかし、
(……こんなの、わたしに好意を寄せてくれてる井上君を前にして悪い……ううん、他の生徒たちにだって悪いよね。わたしは先生なんだから、ちゃんと切り替えなきゃ……!!! )
すぐにそう気づき、息を大きく吸って深く吐いて、心の中を換気。
 菜子には現在、自分の受け持っているクラスのことで心配ごとがある。頭を切り替えるため、意識的に、そのことについて考えた。
 菜子のクラスの教室には、エイリアンがいるのだそう。
 噂に聞く、そのエイリアンは、体長150センチ強。40歳前後と思われる女性で、テカった顔と青い瞼が特徴的。紫色のド派手な履物を履き、それに負けないくらい派手で個性的な衣装に身を包んでいる。また、女子生徒には当たりが強いのに男子生徒や男性教諭には色目を使うということで、女子生徒たちはエイリアンに対して激しく腹を立て、男子生徒たちは身の危険を感じ常に怯えているとのことだった。
 菜子は、そのエイリアンを絶対に許せない、野放しに出来ないと思っている。わたしの可愛い生徒たちの平和な学校生活を脅かすなんて、と。
 クラス全員どころか、この学校の教員その他スタッフ、全校生徒が目撃したことがあるらしいのに何故か菜子だけは見たことが無いが、まだ新年度はスタートしたばかり。何としても今のうちにコンタクトを取って、そのエイリアンの主な出没地点である316HRの教室を管理する責任のある自分が何とかしなければ、と、決意を新たにした。
 その意識から遠くなった菜子の視界の中、井上が相変わらずの緊張の面持ちで遠慮がちに会釈し、そっと立ち去る。


                            (終)



森のくまさんとピクニック(菜&ユウ記☆3)


 まだ若い緑の木の葉に快晴の5月の眩い太陽光が透けているために明るい、森の中の小道。
 ……森の中?
 森の中であるとハッキリ言いきってしまうと語弊がある。
 ここは室内。長谷山菜子(はせやま さいこ)宅のリビング。
 小鳥がさえずっていようが、蝶が舞っていようが、風がそよいでいようが、室内。
 何度も言うが、室内。
 しつこいようだが、室内、しかも夜なのである。
「…すごい……っ! 」
 仕事から帰宅しリビングのドアを開けた瞬間、感動した様子で溜息を吐くと同時に小さく呟き、瞳をキラキラさせて、お土産と思しきケーキ屋の箱を手にしたまま立ち尽くす菜子。
 ややして吸い込まれるように1歩進んでリビング内へ入り、後ろ手でドアを閉め、辺りを見回す。
 その菜子の姿にユウ君は、胃の辺りがホワンと温かくなり、思わず笑みがこぼれた。
(良かった。喜んでくれて……)
 そう、この室内の森を用意したのはユウ君。目的は、菜子を喜ばせるため。
 いつも一方的にお世話になってばかりの菜子に何かしてあげたいと思っていたところへ、テレビで放送していたゴールデンウィークのハイキング特集を菜子が興味深そうに視聴しているのを目にしたので、菜子の帰宅する時刻に合わせて作ってみた。
「これ、ユウ君がっ!? 」
 菜子はキラキラしたままの目でユウ君を振り返る。
 ウン、と頷くユウ君に、菜子は更に続けて、
「まるで本物みたい! どうやって作ったのっ!? 」
 ユウ君は褒められて何だか照れくさくなりながら、
「想像したんだ」
「想像? 」
「頭の中で強く思い浮かべると、それが立体的な映像になって現れるんだよ。それも、見えるだけじゃなくて、ちゃんと触ることも出来る」
 言って、ユウ君は、木の枝でさえずっている小鳥に右手を伸べ、人指し指に止まらせて見せた。
 へえっ! と、大袈裟とも思えるくらいに感心する菜子。
 だが全く嫌味には感じず、照れつつも、ユウ君は素直に嬉しくて、小鳥を飛び立たせておいてから、
「ねえ! 菜子さん! その場で足踏みしてみて! 」
不思議な表情で頷き言われたとおりにする菜子に、ワクワクしながら更なる仕掛けを発動させる。
 それは、まるで実際に歩いているかのように、歩く速さで景色が後ろに流れるというもの。
「もう少し歩くと、キレイな湖に着くよ」
「すごいっ! じゃあ、湖に着いたら、ケーキ食べよっか」
言って足を止め、菜子は、手にしていたケーキの箱を顔の高さまで持ち上げて見せる。
「ユウ君が美味しいって言ってたケーキ、また買ってきたの」
(…菜子さん……)
 菜子はいつもそうだ。どうしたらユウ君が喜ぶのか、いつも考えている。
 今日はユウ君が菜子を喜ばせようと考えていたが、同時に菜子のほうもユウ君を喜ばせることを考えていた。
 喜ばせようとしてみて初めて、ユウ君は気づいた。
(僕は今日、菜子さんを喜ばせようとして、結局、菜子さんの喜ぶ顔に僕が喜んでた。……僕はどうだろう? いつも僕を喜ばせようとしてくれる菜子さんに、ちゃんと、喜んでる顔を見せれてるのかな……? )
 ユウ君はソワソワしてきた。菜子が自分のために何かをしてくれた時には必ずありがとうを言っているが、あらためて言いたくてたまらなくなった。感謝していることを、今一度、キチンと伝えたくなった。
「菜子さん」
 ユウ君は、ケーキの箱を顔の横に並べてニコニコ自分を見上げている菜子を、真っ直ぐに見つめ返す。
 これまでに何度も、普段から言っていることなのに、あらためて口にしようとして何故か緊張。息を大きく吸って吐く格好をしてから、
「いつもありがとう」
「うん! 」
 もともとニコニコ笑顔だった菜子の口角が更に上がり、目尻は更に下がった。とろけそうな、とでも言おうか、甘く安らかな、この上など存在しないと思われる幸せそうな笑顔。
「ユウ君も、こんなスゴイの作ってくれてありがとうね。あと、いつも一緒にいてくれてありがとう。これからもヨロシクねっ」
(…菜子、さん……)
 ユウ君は、菜子を抱きしめたくなった。けれども、少なくても外見に関しては明らかに年上の菜子に対して、それは失礼であると思ったし、拒否されるのも怖かったので、しなかった。
 それでも、やっぱり、どうしても……。
 己の中の勇気を総動員して、そっと、菜子の空いているほうの手を取るユウ君。
 菜子はキュッと握り返し、
「歩こっか」
 一旦進行方向を向いて足踏み開始。ユウ君も歩調を合わせる。
 暫く歩いてから菜子は、ユウ君を嬉しそうに振り仰ぎ、
「ユウ君とピクニック行けるなんて思わなかった! ユウ君、外は怖いって言うし」
そこまで言って、あれ?
 表情を曇らせ、俯く菜子。
 どうしたんだろう? と心配になって見守るユウ君を、自信なさげに上目づかいで窺った。
「ピクニックとハイキングの違いって、何? 」
 ピクニックとハイキングの違い、か……。と、ユウ君がちょっと考えると、突然、前方に2組の家族連れが現れた。うち1組は、全員が長袖長ズボンに運動靴、帽子を被ってリュックを背負うという、そこそこしっかりした装備で歩いている。もう1組は、ナメくさった装備でシートを広げて座り、お弁当を囲んでいる。
 その2組を見比べ、ユウ君、
「わかんないけど、多分、自然の中を歩くだけなのがハイキングで、そこで食べ物を食べたらピクニック? ……かな? 」
 ユウ君の答えに、菜子はパッと表情を晴れやかにし、顔を上げた。
「そっか! じゃあ、わたしたちにはケーキがあるから、ピクニックで正解だったね! 」
 スッキリしたようで、足取りも軽く2組の家族連れを追い越していく。
 それにしても今日の自分の想像力は絶好調だと、ユウ君は思った。いつもならば、ちょっと考えるだけで先程の2組の家族連れなどは現れない。そうなっている理由としては、森を維持し菜子の歩みに合わせて動かしている最中であるために集中力が高まっているのだと、既に理解できているが……。
 菜子は本当に楽しそうだ。足取り軽やかどころか、もう、スキップに近い。ユウ君とつないだ手をブンブン揺らし、「しっずかーな こっはんーの ~ カッコー カッコーウ♪ 」と口ずさんでいる。
 さすが本日絶好調のユウ君。姿は見えないが、どこからかカッコウの鳴き声が聞こえてきた。
 ユウ君がすぐ隣で微笑ましく見つめる中、数十秒の後、フルコーラス歌い終え、周囲の明るさにそぐわないフクロウの声をバックに、ユウ君も歌おう、と声を掛ける、ご機嫌な菜子。
 それじゃあ、とユウ君、
「あるーひー もりのーなっかー♪ 」
 歌い始めてから、しまった! と思った。何故なら、この歌の続きは……。
 まだ歌ってはいないが、普通に1・2小節後ろくらいは思い浮かべる。だからこそ気づいたのだ。今日の自分は絶好調。ちょっと思っただけで具現化する。当然……。
 背後で、グル……と低い唸り声。恐る恐る振り返り確認するユウ君。案の定、
(熊っ……!! )
 熊の出現をユウ君とほぼ同時に気づいたと思われる菜子、つないでいる手を引っ張り、先に立って、足踏みでなく実際に走りつつ、
「ユウ君! 何か他のことを想像して熊を消して! 」
「そっそんな! 無理だよっ!! 」
 分かっていても、何とかしなきゃと思えば思うほど、何も考えられなくなってくる。
 現実には、それほど広くない部屋の中。2人はあっという間に壁に追いつめられた。
 振り向けば、熊はすぐ後ろ。壁を背にして固まるユウ君。熊は後ろ足だけで立ち、右前足を振りかぶる。
 ユウ君に向けて勢いよく振り下ろされる熊の右前足。ユウ君は、
(ダメだ! 死ぬ……! )(……だいぶ前に死んでるけど……)
 と、その時、ユウ君を背に庇うように、菜子が両腕を広げてユウ君と熊の間に割り込んだ。
「菜子さんっ! 」
 叫ぶユウ君。
 熊の前足は、菜子の頭蓋を直撃! ……しなかった。スレスレを下りてき、菜子の目の高さで止まった前足の先の鋭い爪には、白い貝殻の小さなイヤリングがぶら下がっている。
 そのまま数秒。熊は動かない。
 菜子は熊を窺いながら、
「あら くまさん ありがとう? 」
おそらく菜子の物ではない、そのイヤリングを受け取り、
「おれいに うたいましょ? 」
 いつの間にか目的地である湖に変わっていた景色の中、2人と1頭は手をつなぎ輪になって、歌いましたとさ。
 ラララ ラーラーラーラーラー ラララ ラーラーラーラーラー♪
 めでたし。

                 (終)

雨と小さな恋敵(菜&ユウ記☆4)


 梅雨。うっとおしく雨の降り続く季節。
 しかし、仕事を終え、雨天のためいつものこの時間よりも暗い中を家路についた長谷山菜子(はせやま さいこ)の心は晴れやか、足取りも軽い。
 雨に煙る街灯の柔らかな光の中に、自宅アパートで菜子の帰りを待つユウ君の姿を見る。


「ただいまー」
 菜子が玄関を入ると、
「……」
「……」
「……」
ユウ君しかいないはずのリビングのドアの向こうから話し声。誰かに話しかけるような口調ではあるけれど、聞こえてくるのはユウ君の声だけ。テレビの音声とも、また違う。
 首を傾げつつドアを開ける菜子。
 すると、
「あ、お帰りなさーい」
ドアに背を向けて床にペタンと座っていたユウ君が、先ずはいつもどおりの明るい笑顔で頭だけ振り向いてから、全身で振り返った。その胸には、小さな黒猫を大切そうに抱いている。
(…仔猫の、霊……。…そっか、この子と話してたんだ……)
「その猫、どうしたの? 」
 菜子の問いに、ユウ君は、
「……あの。…えーっと……」
気まずそう。一旦、斜め下方に視線を逸らし、それから上目遣いで菜子を窺って、
「勝手に部屋に入れたりして、ごめんなさい。外で雨に濡れてるのが窓から見えて、可哀想で……」
 菜子は、あれ? と思った。ユウ君を見ている限りではの話だが、幽霊は形あるものの影響を受けないのだと、勝手に思い込んでいた。例えば今日の朝なども、明らかにテーブルの脚に足の小指をぶつけたのに涼しい顔をしていたりとか。雨も一応は形あるものなのだから、と、疑問に思ったのだ。この猫もユウ君と同じで幽霊なのに、と。
「濡れてたの? 」
「ううん。近くまで行ってみたら、濡れてなかった。窓から見た時には、生きてる猫さんだと思ったから。でも、濡れてなかったけど、あんまり可愛かったから、つい……」
(『近くまで行ってみたら』って……。外、出たんだ。ユウ君、外が怖いのに……。それに、『可愛かったから』とか……)
 菜子は、少し妬けた。
 妬けた、けど……。
「…あの……。飼っても、いい? 」
 上目遣いのまま、恐る恐るともとれるくらい遠慮がちに聞くユウ君に、
「うんっ! いいよっ」
ニッコリ笑顔で快く返事。
(…だって、ユウ君がそうしたいんじゃ、仕方ないし……)
 菜子の返事を受け、
「やった! 」
ユウ君、仔猫を高い高いして、お尻を軸にクルンと1周。大はしゃぎ。
 ユウ君が こんなに喜んでいるのだから、と、小さな恋敵の同居を一生懸命自分に納得させようとする菜子の目の前、最後にはバランスを崩して床に仰向けに転がり、仔猫に頬ずりしながらユウ君、
「良かったね、菜子さんのお許しが出たよっ、ブラちゃん」
「ブラ? 」
 ユウ君は起き上がって仔猫を胸の前に抱き直し、
「うん。この仔猫の名前。黒猫だから『ブラック』の『ブラ』ちゃん」
(あ、そっちか。ちょっと、え? って思っちゃった……)
 ……それにしても、と、菜子は思わず笑って、
「安直な名前だねっ」
 返してユウ君、冗談めかしてプウッと脹れて見せ、
「菜子さんにだけは言われたくないよっ(※注 『菜&ユウ記☆』第1作『アナタとはじめるハッピースイートライフ』参照)」


           (終)

星に願いをアナタに愛を(菜&ユウ記☆5)


 ベランダの柵に括りつけた笹の葉が、星の明かりに照らされ、サワサワと夜風に揺れる。
「ユウ君。短冊書けた? 」
 今日は七夕当日。
 他の飾りつけを全て終えた菜子(さいこ)が、部屋の中のユウ君を振り返る。
 ユウ君は左腕で胸の前、背面を自分のほうへ向けて抱えた黒猫・ブラの、右前足を右手で掴み、テーブルの上の短冊に、その肉級を押しつけていた。
「今ね、ブラちゃんの分が出来たとこ。僕のも、すぐ書くよ」
言って、ブラを解放。新しく短冊を用意し、書き始める。
 ユウ君から解放されたブラは、ダッと一直線に菜子のほうへ駆けて来、菜子の脚の陰に隠れた。
(…ユウ君、しつこいから……。ブラ、嫌がってるじゃん……)
 溜息を吐きながらも、内心、菜子はブラが羨ましくて仕方ない。
(…わたしだったら、ユウ君になら、どんなにしつこくされても、喜んじゃうんだけどな……)
心の中で呟いて、菜子は足下のブラを軽く睨んだ。
(ブラは贅沢だよ。それでユウ君から逃げて わたしを盾に隠れるとか、ホント、無神経なオンナ! )
 たまたま上を向いたブラ、睨んでいる菜子と目が合い、はてなマークを浮かべた感じで菜子を見つめ返す。
 そこへ、
「菜子さん。短冊、書けたよー」
ユウ君が、短冊を2枚、手にして、菜子の前まで歩いて来、
「はい」
手渡した。
 受け取った短冊に視線を落とす菜子。
 うち1枚は、ブラの肉球スタンプ。もう1枚に書かれていた願い事は、
「…『ブラちゃんに可愛いリボンをつけてあげたい』……? …これって、お星様への願い事じゃなくて、わたしへの、遠回しのおねだりなんじゃ……? 」
 ユウ君は、アハッと笑い、
「バレた? 」
そして、自分のオシリ辺りに手をやり、
「ホントの願い事はね、こっちだよー」
隠し持っていた短冊を取り出して、菜子に見せる。
 そこには、
「…『菜子さんと、いつまでも仲良く一緒に暮らせますように。 ユウ』……」
 小さく読み上げてからユウ君に視線を戻した菜子に、彼は、ニコッと笑った。
「…ユウ君……」
 完全に偶然だが、ユウ君の短冊に書かれている2つの名前を引っ繰り返しただけの願い事の書かれた短冊が、既に、ベランダで笹の葉と一緒に揺れている。


             (終)

ハローハローウィーン(菜&ユウ記☆6)



 今日は日曜日。
 学校から2駅、徒歩5分のところに建つ3階建の小洒落たアパートの階段を上り、2階の左端のドアの前、井上隼人(いのうえ はやと)は、チャイムを押すべく人指し指を伸ばしては躊躇し引っ込める動作を、この5分間ほどの間に幾度も繰り返している。
 そのドアの向こうは、井上の通う高校のクラス担任・長谷山菜子(はせやま さいこ)の自宅。
 クラス委員である井上は、明日のLHRで、1ヵ月後に迫った文化祭のクラスの企画について話し合うにあたり、事前打ち合わせをするためにやって来た。
 井上自身は既に指定校推薦で県内の医療系の専門学校への進学が決まっているため問題無いが、3年生の10月ともなると、他の皆は、進路のことで忙しい。そのため、クラスの皆には、後は当日に手伝ってもらえればよいだけになるよう、LHRの1時間で必要なことを全て決定できる程度のところまで話を詰めておくのが目的だ。
 クラスの皆の希望は聞いてある。皆、本音をズバッとは言わないが、要約すると、「井上君に任せるから適当にやってよ。あ、でも、最後の文化祭だし、当日だけ頑張って思い出つくりたいなあ」といったところ。……と、いうワケで、準備に人手の必要な展示発表や練習の必要なステージ発表は無理、練習の必要の無いステージ発表では当日も時間を割くだけで特に頑張ることにならないので、食べ物の店を出す方向で考えている。
 本当は、学校で打ち合わせ出来たらよかったのだが、昨日までは井上・長谷山双方の都合の合う時間が無く、今日がタイムリミット。しかし今日は「食育まつり」とかいう行事で地域に学校施設を貸しているため、学校が使えなかったのだ。
 長谷山の独りで暮らす自宅を1人で訪ねるというのは、ちょっとした肝試し気分。
 天気があまり良くないため薄暗く、雰囲気バッチリ。ハロウィーンにピッタリ……? いや、ハロウィーンは化け物の仮装をしたりはするが、そういうものではないか……。
 肝試し気分になってしまう理由は、相手が長谷山菜子であること自体。男と見ると、同僚の教師だろうが学校に出入りしている業者だろうが、果ては生徒にまで、色目を使う肉食系女子。その独特なファッションやメイクから、エイリアンと陰で呼ばれるような人物であるため。
 それで、さっきから、チャイムに指を伸ばしては引っ込め、を繰り返してしまっている。
(…でも、いつまでも こうしていたって仕方ないし……。別に、取って食われたりはしないだろうし……。それに、男に色目を使うとか言われ続けてるけど、最近は、そうでもなくなってきた気がするし……)
 井上は深呼吸をひとつ。
 思い切ってチャイムを押……そうとした瞬間、何かがピャッと目の前、視界を一瞬、完全に塞がれてしまうくらいの近さで、右上から左下に向かって斜めに横切り、ビクッ。
 左下に着地した、その横切ったものを見れば、小さな黒猫。首に大きな赤いリボンをつけている。
(…何だ、猫か……。ビックリした……)
 気を取り直して、今度こそ押すと、インターホンから、
「はーいっ」
長谷山の、明るい、軽くブリッとした声。
「あ、こんにちは。井上です」
「ああ! 井上君っ? 待ってね、今、開けるからっ」
 ややして開かれた玄関。照明の光と女性宅らしい花のようなフルーツのような甘い香りが漏れ、
「いらっしゃい! どうぞ上がってっ! 」
長谷山が、いつもの学校と変わらない、いかにも作った、ちょっと媚びているようにも見える、大人な笑顔で迎えた。
「すみません。お邪魔します」
 会釈してから玄関を入る井上。と、微笑みを浮かべて自分を見守る長谷山の肩越し、
(っ? )
玄関の奥、照明の届かない薄暗い廊下に、ポウッと丸い光が浮かび、スウ……と、ゆっくり曲線を描いて動く。
(……人魂っ? )
 しかし、それは見間違いで、長谷山から再度 上がるよう促されて靴を脱ぐために一度、人魂から視線を外して再び戻すと、そこには、長身で細身の30歳くらいの男性が立っていた。
(あ、なんだ……。先生のご家族かな……? 先生、独り暮らしじゃなかったんだ……)
 こっちへどうぞ、と言いながら廊下部分の照明もつけ、井上に背を向けて廊下を奥へと歩き出す長谷山。
 その背中に従いつつ、井上は一旦、初めの位置に立ったまま こちらを見ている男性の前で足を止め、
「初めまして。僕は先生のクラスの生徒で、井上隼人といいます」
 すると男性は、そして、長谷山も足を止め井上を振り返り、2人して非常に驚いた様子で固まった。 
(……? 何だろう……? )
 首を傾げる井上。
 男性のほうが先に固まったのから立ち直り、ニコッと、とても印象の良い笑顔で、
「初めまして。僕はユウ。菜子さんの恋人だよー。半年くらい前から菜子さんと一緒に暮らしてるんだ。ヨロシクねっ」
 そこで長谷山も立ち直り、今度は作った感じではない、おそらく井上は初めて見る自然な笑顔で、もう一度、
「井上君。こっちへどうぞ」
廊下の先へと歩き出す。その足下には、いつの間にか、玄関の前で会った黒猫。歩く長谷山の足にまとわりついている。
(さっきの猫……。先生の家の猫だったんだ……)
 廊下の先、リビングへと通され、勧められるままローテーブル脇に置かれたクッションに座る井上。
 ユウ青年も、すぐ後から来て、長谷山の足下の黒猫を、通り過ぎざま拾い、胸に抱いて、井上の向かいに座った。
 どう見ても嫌がっているように見える猫を、強引に押さえつけて撫でながら、ユウ青年、
「井上君は、クラス委員なんだよね? 大変だねー。お休みの日に」
 長谷山が、立ったまま心配げに眉を寄せ、続く。
「本当にいいの? ひとりで準備なんて。わたしも、出来る限りは手伝うけど」
「あ、はい。皆、忙しいですから。僕はもう、進路決まっていますし、一応、手伝ってくれる人を募ってはみますけど」
 そう、と、あまり納得していない感じで頷く長谷山。
「お茶、淹れるね」
 キッチンへと歩く長谷山の足に、ユウ青年の腕から脱出した猫が絡みつく。
 長谷山の背中に、
「あ、お構いなく! 」
声を掛けながら、井上、
(先生、確かにメイクとかは独特だけど、全然普通の女の人だよね……)
それから、ユウ青年をチラッと見、
(彼……ユウさんの、おかげかな……? )


                  (終)




プロフィール

獅兜舞桂

Author:獅兜舞桂
獅兜座(しっとざ)座長・獅兜舞桂(しっとまいけー)です。
よろしくお願いします。

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